普段の仕事の最近のブログ記事
2009年3月 3日
リストラ対象になりました。現在求職中です。
ここ最近Blogの更新が滞っていたのは、表題の通りリストラ対象になってしまい、転職活動をしたり残務を処理していたりしたせいであります。
本来ならこの場では「転職しました or 転職します」って報告をする予定だったんですが、入社するはずの会社から採用を見送るメールが届いてしまい、結局今のところ転職先が決まらないという絶体絶命なピンチに陥ってしまいました。
※この辺の話は大人の事情で書くことはできません
というこで、退職1ヶ月を切って転職活動をやり直さなければならず、ここで一つ、お仕事募集のお知らせを挟ませてください。
主に得意とする分野は、Flash、Movable Type系の開発、制作および、それにまつわる変態的プロジェクトの数々です。
主な使用言語はActionScriptとColdFusion。PHPやPerlも一応使うことはできます。
現在、FlashとGainerやioBridgeを使ったフィジカルコンピューティング分野に足を突っ込んでいます。
たとえば抽出をTwitterでお知らせするコーヒーメーカーを作ってくれ(リンク先はmixiの中の人作)とか、部屋の温度をTwitterでお知らせするデバイスを作ってくれとか、部長が席に着いたらこっそりメールしてくれるサービスを作ってくれとか、公団住宅の空きを知らせてくれとか、彼氏が既婚者かどうか調べてくれとか、そういうのもできます。
あと、資産設計の伝道師である内藤忍氏のBlogの運営をサポートしています。
記事のライティングや写真撮影もできます。
元々は大阪の教育ソフト会社でDirectorを使っていました。なのでLingoも使えます。
WEBディレクションに必要とされる幅広い知識を有しているのも特徴です。
何でもやりたがりですから、雑学的な分野では他の人を寄せ付けません。だからといって引かれることもありません。
こんな私に興味がおありの読者の方、マイミクの方、レジュメを送りますので一声おかけください。
どんなやつなんだろう、会ってみたいなってのでも結構です。私もこの機会に、たくさんの方とお会いしたいです。
社員としてはとれないけど、外注先として...でもOKです。
健康状態は至って良好です。趣味はフリークライミングと自転車と水泳とランニングと、筋肉疲労の効果的回復の研究です。
ご興味がおありの方は、
Shingo.Okamoto@gmail.com
までご一報下さい。
よろしくお願いします。
2009年1月14日
転職するしないは別として、日頃からスキルシートとかまとめておくべきだよなって思った
人生何があるかわからんです。
派遣切りとか社員切りとか給料半分とか、対岸の火事のように見ていたら、自分の足下にも火がついていたなんて事があるやもしれないです。
仮に火がついてたら、真っ先に取る行動は転職活動だと思います。FindJobみたいなサイトにアクセスして会員登録して、そこでやることと言えばスキルシートの入力とか職務経歴書の作成ですね。
それって結構めんどくさい。
どんな転職サイトでも入力フォームとか超工夫して、できるだけ手間暇かけずにスキルシートとか作れるようになってたりして、超便利。
でも、33年も人生やってきていると、職務経歴書とかそれなりに長いものになるし、スキルシートもそれなりに複雑なものになってくる。
サイト事にそれらを入力するとしたら、どうしても抜け漏れが出てきてしまう。
転職サイトに限らず、仕事をしているとスキルシートを出してくれって言う機会があると思う。
特定のプロジェクトで、先方が「メンバーのスキルシート出してくれ」って言ってくることもあるし(だってRIA案件なのにRIA知らない人がアサインされたりしてたら泣けるでしょ)、部内でメンバーのスキルをまとめておくと、プロジェクトのアサインがやりやすくなったりもするだろうし、交流会みたいなので知り合った方が「あなたのこともっと知りたいので」なんて言ってきたりしてスキルシートを送ったりすることもあるだろうし
ってやっぱり転職がらみになってしまうけど、とにかく、転職目的以外でもスキルシートを作っておいて損はないはずなんだ。
僕の場合、スキルシートをこうつくりなさい、職務経歴書をこう書きなさいって言えた立場じゃないのだけど、自分なりの工夫を以下にまとめておく。
転職サイト上で作成したスキルシートをコピペしたテキストファイルを持っておいて、文章量を簡潔・多め・詳細にした3つのシートと職務経歴書を用意して、相手に合わせて選んだものを送付って感じになるように努力してる。
先方が自分の何を知りたがっているのかっていうのと、自分が相手に何を知ってもらいたいのかっていう二つの要件をうまく満たすシートに、さも、コンポーネントを差し替えるかのようにカスタマイズできるよう、うまく段落や項目分けしておくとさらにいい。
最近は企画系の仕事に首を突っ込みたいなら、そういうところ向けのスキルシートの場合は、とにかく何でも突っ込んで俺ってすごいだろーってやりたくなる衝動を抑えつつ、伝わりやすさに工夫するようにしていたりもする。
提案って伝わるかどうかが重要だからね。
結局相手に合わせてシートや職務経歴書をカスタマイズするわけだけだから、作り直してるのと同じじゃんって思ったのだけど、その大元になるテンプレートは3つなんだよっていう話です。
そもそものスキルシートや職務経歴書の書き方とかわからんって人は、適当な転職サイトに会員登録すればヘルプでいろいろ教えてくれるし、インテリジェンスみたいな転職エージェントに行けばマンツーマンで教えてくれたりもする。
ただし、エージェントは今大忙しで、予約取ることもままならないってかんじ。
僕も登録はしてるんだけど、行けたためしがない。
こんなご時世、自らの意志に寄らない転職ってのもあるかも知れないから、そうなったとき、無駄にエネルギーを消費することのないよう、普段から準備しておきたいね。
2008年6月 2日
忙しくなるとついやってしまうこと
1:取り返しのつかない買い物
2:気を失いそうになるぐらいの運動
3:MAD
買い物についてはD3xを体育座りして待っているので(その前にCS4というのがありますが)、特に大きな買い物はせず。というかそんな時間すらなく。
休日も会社に出張っていたので、超久しぶりにディズニーの花火の音を聞きました。
運動についてはクライミングジムで登って下りて登って下りて、ボルダーを登って落ちてを繰り返して未だ5.7とか10Qをクリアできないでいます。知人の超音速な人は5.9を登ったとか日記に書いていたので早く追いつきたいです。というか、リードの講習行かなきゃダメです。
それ以外にももうすぐお知らせできるであろう大作の元ネタになった運動もあります。運動しすぎてタクシーに乗ったぐらいです。
そしてMAD。動画と音声を切った貼ったしてできあがったやつをニコニコにアップしたら、それはそれはクライミングの課題で終了点にたどり着いた時のような達成感があります。
で、勢いで作ったのはこれ。
ツメが甘いのは早く寝たかったからでしょう。
歌と踊りがセットじゃないとPerfumeじゃないというコメントがついてますが、趣旨を理解しつつ生暖かい目で見守ってくださるとうれしいです。
2008年3月 7日
その男、既婚者ですから。がバージョンアップ。アドバイザリー機能を追加したよ。
世の軟派な既婚男性を恐怖のどん底にたたき落とすWEBサービスの「その男、既婚者ですから。」をバージョンアップしました。というか、本来の仕様を満たしたというか。
得られた回答結果から各属性ごとに重み付けをして、傾向を探ってくれます。
さらに、被験者男性の特徴をアドバイスする親切さも併せ持っています。
やっとこれでWEB占いっぽさが出たと思います。
DBはプレリリース版と共通でテーブル構造も変わってないため、プレリリース中の結果画面もそのまま閲覧できます。ブックマークしてる人は是非ご覧ください。
ブックマークしてない人はまたチャレンジしてみてください。
携帯版は週末作業予定です。こうご期待。
2008年3月 5日
その男、既婚者ですからモバイルもプレリリース

世の軟派な既婚男をあぶり出す恐怖のWEBサービス携帯版をプレリリースしました。いろいろ訳あってPHPとColdFusionが混在するという何とも悲しげな仕様になっています。
FOMA SH904iでしか動作チェックしてません。同じDoCoMoでもmovaな人は見ることができないです。
QRコードをサクっと読み取って、合コンやその他の様々なシチュエーションでご活用ください。
URL:http://okamot.com/tests/kikon/m/
なお、結果テーブルは共通なので、PC版での結果ページURLをモバイルなのに書き換えても動きます。
2008年3月 4日
既婚度占い〜その男、既婚者ですから。〜 プレリリース
相手の男について(男性が自分でやっても問題なす)の設問に答えるだけで、その男が既婚者かどうかを判定してくれます。とりあえず一連の動きができたのでプレリリース。
回答内容に応じたアドバイス機能を今実装中。そのあとでi-mode対応かな。
ちなみにシリーズ作の予定で、続編もあります。こうご期待。
もしおもしろかったりしたら友達や知り合いに教えたりBlogに書いたりmixi日記に書いたりしてくれると嬉しいです。
早速試したくなった人はこちら。
http://okamot.com/tests/kikon/index.cfm
2008年2月24日
ブレストは酒を飲んでしろ
今日の格言。
この一言に尽きます。
偶然かもしれないけどとてもいい結果になったので、これからのブレストはコーヒーより酒です。会社内ではできないけど。
今日は大阪から帰京したばかりの方と八重洲で食事。
Blogのプロモーションな話をしていたけど、正直これといった決定打が出せずに時間だけが過ぎていく感じだったけど、一度トイレに立ったあたりから急に神が降りてきて2打席連続ホームランとかっ飛ばせました。
そうなると酒の勢いも手伝ってアイデアがでるわでるわ。
とったメモが酒のせいもあってなんか支離滅裂になっているのはご愛敬。その場で出たアイデアを上手くメモしておくようにすれば、酒ブレストも悪くないなと思いましたよええ。
ただし、酒を飲むとネガティブ思考になってしまう人や、酒に飲まれてしまう人や、愚痴っぽくなるひととは酒ブレストは向かない。せっかくにアイデアも全部ダメにされてしまう。
なので、ブレスト本来の意味合いから脱線しないように、メンバーの選定は酒を飲んでもポジティブでいられるような人を選ばないといけない。
となると、必然的に少数精鋭になる感じ?
酒ブレスト。もうちょっと続けてみます。
2008年2月21日
GTDとBlog小ネタ帳 その4 〜Onmi Focusのライブラリを他のMacと同期する〜
もうすっかりOmniFocusでGTDできるようになってきました。しかしまだまだ問題はあります。
たとえば家のデスクトップ機でいろいろアクションを追加して管理するのはいいんですが、一日の大半を会社で過ごす人の場合、それをノートでも調整できるようにしたいと考えると思います。
今回はOmniFocusを複数台のMacで共有する方法を解説します。短文ですよ。
コレまでの話はタグGTDでの一覧をご覧ください。
2008年2月18日
GTDとBlog小ネタ帳 その3 〜Onmi Focusのアクションをメールで追加〜
さて、今回はやっと使うことが決まったOmni Focusの、メールによるアクション追加機能に重点を絞り倒して解説していきます。
これまでの流れは
GTDとBlog小ネタ帳 その1
GTDとBlog小ネタ帳 その2
をご覧ください。
自分的にはこのメールでアクションを追加する機能が超絶大ヒットだったので、今日はコレしかやらんです。
でも本当に便利なので、ひょっとしたら皆さんのアイデア蓄積に大いに役立つかもしれませんので、興味なくても読んでみてください。
2008年2月17日
GTDとBlog小ネタ帳 その2
シリーズものなので過去ログも要チェック。
GTDとBlog小ネタ帳 その1
前回はGTDツールを3つに絞ってどれにしようかなと言うところまで書きました。
あとは自分の環境に合わせてセレクトするだけです。
とりあえず僕の場合こんな感じ。
- 複数のプロジェクトのタスクが、会社家を問わずに同時進行。
- 同じタスクを共有している人と、リストを共有したい。
- Blogのネタを蓄積させる用途にも使いたい
- Macが2台あるので、それぞれで同一のリストを共有させたい
- iCalにも対応しててくれ。
おっとここで、タイトルの謎が解けましたね。
そう、GTDツールをBlogのネタ帳として使えやしないかというもくろみもあったわけですね。
これらの目的に応じたアプリケーションってなんなんでしょ。早速調べてみることにします。
GTDとBlog小ネタ帳 その1
会社で進んでる複数のプロジェクト、プライベートでもまた複数のプロジェクトが進行している中で、山ほどあるタスクを処理していこうとしていると、どうしても抜け漏れが発生してしまう。
直前になって「あの撮影終わりました?」なんて言われてあわてて深夜に部屋をビカビカ光らせて撮影したりなんかしているわけで、コレは結局、自分自身がタスクを整理し切れてないために、自分自身の時間的リソースを無駄に使ってしまって、結局さらにタスクが整理しきれなくなってしまうという負の悪循環に陥ってしまっていたのではないかという結論に達し、ちょうど同じタイミングで同僚の神森さんがGTDなお話をBlogに書いていらっしゃったので僕もGTDをはじめてみることにしてみた。
2006年9月24日
電車通勤>バイク通勤>自転車通勤
まじめに働くようになって、電車の時間を気にするようになって、どうも会社を8時半とか以降に出たら、新木場で京葉線への乗り換えに20分ぐらいかかってしまうことがわかって、バイク通勤への切り替えを検討。
Dチームにいるロック氏に「バイク置き場教えて」と聞いたら、会社の近くにみんながバイクを置いている場所を教えてくれた。
早速下見を済ませて、翌日バイクで行ってみた。
ところが、所要時間が電車とあまり変わらない。-10分ぐらい。しかも、会社の近くは一方通行や右折禁止の交差点が多く、目的の場所まではやや遠回りして向かわねばならない。
当日とったルートは、国道357→環七→永代通り→内堀通り→代官町通り→一番町交差点右折→…
である。
永代通りも内堀通りも信号の数が多く、引き継ぎも悪い。しょっちゅう足止めを喰らってしまう。
帰り道、内堀通りから晴海通りを使って、新木場方面へ抜けて帰ってみた。嫁さん曰く「かなり早い」らしい。
R357は渋滞さえしなければ信号も少なくて速度も乗るので、これで新木場か辰巳までいって、晴海通りを北上するルートの方が実は早いのかもしれない。
で、ここへ来てチャリの問題が浮上するのだ。
距離にして最短だが使いにくい永代通りをいくか、バイクで使うR357で辰巳あたりまで行くか。
問題は旧江戸川や荒川、ルートによってはいろんな橋をどうクリアするか。
2ちゃんの東京自転車ルートのスレッドでは「●●は特攻」と書かれてあるように、自転車通行可能であるが、やるには命がけな道がたくさんあるらしい。
僕が見る限りは、R357がそれにあたる。
そして、橋などはおとなしく歩道に退避すればいいのだが、ものすごいタイムロスになる。
休日1日使って、チャリで下見してみた方がよさそうである。
2006年9月10日
東京一週間
東京に来て1週間が経った。未だに僕の部屋は段ボールで埋め尽くされている。たくさんの仕事を抱えてそれらを進めながら、引っ越しの荷物を片付けるなんて到底無理なんだなと学習したぞ。
僕の家は浦安にある。ディズニー駅のJR京葉線の舞浜駅から徒歩15分ぐらいのところだ。
舞浜から2駅のところにある新木場で有楽町線に乗り換える。京葉線は酷い混みようで、ラッシュらしいラッシュを初めて体験した。けど、数日したら自ずと空いている車両を見つけて、それはそれはずいぶん快適になった。
要するにだ。乗り換えに便利な車両は混んでいるわけだ。一分一秒を争うような乗り換えをする人ならそれでもいいけど、数分ごとに新しい電車が来る状況で、何を争っているのだろうか。
さて、有楽町線は新木場が終点になる。なので、誰も乗っていない電車がホームに滑り込んでくるわけである。
たいていの確率でのんびり座ることができる。割とたくさん人が乗ってきても、どういう訳か途中の駅でほとんど降りてしまう。
優々と永田町まで。有楽町駅からは昔何度も乗ったことがあるので、なんか思い出深い。
永田町から半蔵門線へ乗り換えて一駅。半蔵門駅である。
半蔵門線もうれしいことに、ほとんどの人は渋谷方面へ向かっている。反対方向の押上方面行きはガラガラである。そのうえ、半蔵門止まりという僕のために用意されたような電車まで来る。
半蔵門でおりる。オフィスは駅から徒歩1分というが、実際はもう少し早く着く。雨が降っていても傘をささずに行ってしまえる距離である。
ここでまっすぐ会社に行くのでは芸がない。わざわざ遠回りしてコンビニに寄る。
ampmがある。ここでスターバックスディスカバリーズを買う。あと、ドリンク剤。東京に来てからは、電池が切れるギリギリまで働くようになったせいか、帰宅したら意識が飛ぶ。
なので、ドリンク剤は必須である。でも、リポDぐらいでとどめておく。
レッドブルを愛飲していたけど、どうも胃腸にずっしり来てしまって、かえって体調を崩してしまったことが何度かあってからは、すっかり飲まなくなってしまった。
仕事はColdFusionである。1週間である程度のことはできるようになったと思う。まぁ、マスターの指導のたまものと言えるが、マスターも「まじでいいところまで来てますねー」と言っていた。その直後、Session変数を破壊してしまったわけだが。
あまりにColdFusionがかわいいので、Standard版だけでも買ってみようかと思っている。13万円。「マスター価格はないの?」って聞いてみたら、マスター「そんなのないです。」と即答してしまった。
マスターはDreamweaver関連の書籍をたくさん出している、文字通りマスターである。
仕事は20時には終えようというマイルールを設けている。
それ以降は雑誌の編集部に資料を持って行ったり打ち合わせに行ったり、ヨドバシにキーボードを買いにいったり、友人知人と会ったりするわけだ。
会社から支給されたマシンはなかなか高性能で文句はなかったのだが、キーボードとマウスだけはどうしてもいただけなかったので、ヨドバシで自分のお気に入りの東プレRealForceとロジクールのレーザーマウスを買った。マウスとキーボードだけなのになぜか27000円もした。
会社内のことはここで詳しくはかけないが、いい仲間に恵まれて、入社直後なのにリラックスして仕事ができている。特に「MDR-CD900ST」という品番がわかる人がいるのが嬉しい。音楽をやっているらしい。そのうち「餅はどうですか?」とか「藻8と藻楽で攻めようと思うのですが」とか周囲からしたらわけのわからない会話を展開させたい。「MPC買いましたー(まだ買ってないぞ)」とか言って反応してくれるのはきっと彼だけだろう。
そんな彼とはヘッドホンの聞き比べをしたりしている。
そんな部には上記のSさんをはじめ、マネージャーのKさん、マスターUさん、Nさん、Hさん、WさんとインターンのHさんがいる。
Kさんはその筋の有名人らしい。とてもいい人。
Nさんは三国志が好きらしい。「岡本さんは…○○ですね!」と性格を三国志で表現してくれる。
HさんはFFIIIをやっているらしい。見た目とは裏腹に言葉が過激でおもしろい。
Wさんは無類の麺好きである。話が合わないはずがない。
インターンのHさんはおとなしい性格。開発部のメンバーが入れ替わり立ち替わり、UNIXなどいろいろ教えているらしい。
仕事が終わったら帰宅するわけだが、帰りは輪をかけてガラガラの電車である。京葉線ですら余裕で乗れてしまう。
舞浜に着くとディズニー帰りの客でごった返している。ここへ来て一気に疲れる。住人と観光客は、ホームを分けて欲しい。
そしてそれに追い打ちをかけるように、徒歩で家まで行く。実はこれが一番疲れるんじゃないかと思うぐらいだ。
9月も10月も、週末はほとんど仕事で埋まる予定になっている。ううむ。
たとえば昨日は深夜まで六本木でロケハンしていた。もう二度と行きたくない。と思うぐらい疲れた。
高速で帰るつもりだったので、適当なところから乗ればいいのだけど、何となく品川まで下道を流して、大井から乗った。
夜のロケハンの前は朝のロケハンだった。葛西臨海公園で独りで観覧車に乗ったりした。屈辱的なことに、独りで乗る人は券売機ではなく、窓口でチケットを買わなければならないのだ。
券売機は2枚以上の設定になっている。
ロケハンはその後、芝浦とか兜町とかもまわった。ついでに秋葉原に寄って、炊飯器を買ったんだ。土鍋のやつ。
帰り際「つくばエクスプレスはどこだ?」とものすごい勢いで英語で聞かれて「あっちだよ。」と指さしたら、若い外国人たちに感謝された。今から成田に行くはずの彼らがそんな余裕で大丈夫なのだろうかと心配した。
今日は朝は葛西にあるバイク屋さんにバイクを修理しに持って行った。結果、リアブレーキOHと排気デバイスの部品交換で4万円となり、週末までお預かりとなった。
帰り、足がなくなったのでダラダラと東西線の葛西駅まで歩いて、そこからタクシーで帰った。
運転手さんに「富士見5丁目ってわかります?」って聞いたら「もちろんですよ。私、東海大浦安でしたから。」と言われた。
東京のタクシーは当たり外れが大きい。今日のタクシーはどうやらアタリだったようだ。
天気がよかったけど、ロケハンは中止して部屋を片付けたりしてみた。東京湾へはちゃっかり写真を撮りに行った。
仕事がたくさんあるといいながらも、それなりに充実した週末を過ごしていることに、今この文章を書いていて気がついた。
カーナビを買うかどうか悩みつつ、地図すら持っていないのは問題だろうと、携帯サイトのNAVITIMEを申し込んでみた。今自分がいる場所から、目的地までの交通手段や徒歩のルートまで事細かに教えてくれるサービスである。
これについては悲喜交々あるので、別の機会に紹介したい。
2006年9月 7日
有楽町線→半蔵門線
R0010662
Originally uploaded by Shingo Okamoto.
こうやってBLOGをつければ楽チンかな。
通勤ルートの中で一番乗換えが面倒なのが、この有楽町線から半蔵門線へ乗り換えるこの超長いエスカレーター。
永田町駅。
階段もあるけど、すごく狭くて人が二人並んで降りられない。
だからみんなエスカレーターを使うのだけど、ものすごい乗り待ちの行列ができることもある。
電車は数分おきに来るので乗り遅れてもちょっと待てばいいわけで、割とのんびりできる人が多い。ってことでエスカレーター大人気。
半蔵門線の写真セットも作ってみたのチェキ。
2006年8月 3日
退職時の最後の仕上げに悩む
今の会社は、退職者が最後にお茶菓子のようなものを手紙と一緒に置いていく習慣がある。
それぞれの人が、お世話になった方達へのの感謝の気持ちを「手みやげ」のような形で表現するわけだ。
たいていは「どんなのが好きですか?」と事前にリサーチしたり、定番のヨックモックやアンリシャルパンティエで攻めたりするものだ。
社の人たちは僕のことを「グルメ」と思っているようで、僕ならではのこだわりの品を期待しているらしいと言う情報を耳にした。
僕はそんなにグルメじゃないぞ。
しかしだ。期待されるからにはそれなりにきちんと応えたいものだ。
手みやげで関東のセレブ達を唸らせ続けた実力が問われるというものだ。
2006年8月 2日
続・お宝
今日も机を片付ける。無駄な資料はガンガン捨てる。
発掘されたお宝
1:高校時代の友人(女)のメールアドレスと携帯番号が書かれた紙
2:ペプシマンボトルキャップ30個ぐらい
3:レゴブロック(コカコーラのオマケ)
4:無線機(しかしバッテリーが液漏れして恐ろしく腐食している)
いっこうに片付いた気配がない。
2006年8月 1日
お宝
8末の退職を控え、今日から少しずつ机を片付けていくことにした。
不要になった資料などはシュレッダーへ。使わない書類とかはゴミ箱へ。
そうやって引き出しの中をあけてみたら、お宝がたくさん出てきた。
1:HDDのディスク(某WD社のHDDを分解して取り出した、HDDのディスク。鏡みたいになってる)
2:割り箸いっぱい(ファミリーマートでラーメン2個かったら2膳もらえる)
3:七味唐辛子いっぱい(うどんかったらもれなくついてくるんだよな)
4:広末涼子のポスター(さくら銀行)
5:松浦亜弥のポスター(午後ティー)
6:Coccoのポスター
ポスターは持っていても仕方がないので処分するとしよう。
割り箸は会社に置いていく。結構重宝するのだ。
唐辛子は捨てた。
HDDは持っていこうかな。
資料の整理と私物の処理が一番大変だろうなっておもう。
2006年7月12日
転職
転職することになりました。
9月から東京の某社にて仕事します。引っ越しです。えらいこっちゃです。
カミナリのやつは大阪に残していけるよう、なんとかします。
2006年6月21日
2万日後は何曜日ですか?
昨日、唐突に聞かれ、僕は答えられなかった。
その場はなんとか取り繕うも、後になって悔しさがこみ上げてきた。
コロンブスの卵のようなもので、一見壮大なことを聞かれているのだけど、分解して考えればたいしたことがないのである。
カオスのようなものだ。
2万日後は何曜日か?
というのと、10日後は何曜日か?
というのは、実はまったく同じアプローチで計算できる。わかるよな?
わかるんだ。
それがとっさに出せなかった。
これは明らかに自分のダメなところだろう。
こんなんで「家族を守るぜ」とかよく言えたものだと、昨日は一日自分に説教し続けた。
2006年4月28日
Keynoteでプレゼン
就職活動中の学生を前にして、会社説明なプレゼンをする機会を得た。
かねてよりプレゼンやりたいマンだったので(なんかそんな話しあったら呼んでください皆さん)、快諾し、
どうせならとちゃんとプレゼンしてあげるべきだとMacでスライドショーを作り始めた。
Keynote。
プレゼント言えばパワポやFlashやDirectorなど、いろいろツールがあるのだけど、
Keynoteはこれらツールのどれにも属さない、まさにプレゼンのために作られたソフトである。
たとえば、ストーリーボードのように話したいことをそのまま画面に打ち込んでいき、適当なトランジションをセットすれば、
それだけで様になる。
余った時間はデザインを詰めたり、他の部分に注力できるわけだ。
一通りプレゼンができあがれば、出力設定を済ませておく。
MacBook Proの右側面のDVIにサブディスプレイを接続し、解像度を設定。
プレゼンを副ディスプレイに、発表者画面を主ディスプレイに表示するようにして、プレゼンをスタート。
発表者ディスプレイには発表者ノートを表示しておけば、ポイントをメモっておくこともできるわけで、また、 タイマーを表示することもできるので暴走してタイムオーバーなんて事も何となく防げる。
加えて、Apple Remoteによるリモコン操作ができてしまうところが大きい。
リモコンの早送りボタンで「次のスライド」巻き戻しボタンで「前のスライド」。
自分でコントロールしつつ、演台を縦横無尽に駆け抜けることもできてしまう。
KeynoteひとつでMacの価値は飛躍的に高まっている気がするぞ。
2006年2月 5日
破綻させない方法
計算式を出題するような仕組みを作っている。
足し算やかけ算は破綻しない。
ところが、引き算や割り算は破綻する可能性がある。条件次第だけど。
(負になったらやだとか、整数じゃないとやだとかそういう話ね)
破綻させないためにはどうすればいいんだろう。
なに、簡単なことだ。
足し算やかけ算をひっくり返せばいい。
4×3=12
↓
4=3÷12(右から左に読む)
ただ、それだけのことだ。
手間をひとつかけるだけで、破綻を未然に防ぐ。
2006年1月20日
Active DirectoryとWindows95
Windows95はデフォルト状態ではActive Directoryなネットワークに参加することができない。
まぁ、そもそもWindows95なんて使ってるんじゃないよチミ。という感じなんだけど、
たとえば95で開発したアプリケーションだとかのメンテナンスが入るような事態があると想定した場合、
必然的にネットワークにWindows95のマシンが参加することになる。
サーバー機をアップグレードするなりして、ネットワークがActive Directoryになっちゃったらさぁ大変。
Windows95をどうするかで小一時間悩むことになる。
切り捨てる?いやいや、そういうわけにもいかないな。と。
Windows95でActive Directoryなネットワークに参加する場合は、
DSClient.exeを実行する必要がある。ところがこのDSClient.exeがくせ者で、
Windows2000ServerのCDにしか収録されていない。
2003ServerのCDには入っていない。
仮に、すでにWindows2000Serverなマシンが稼働していたとしても、
そのマシンにWindows2000ServerのCDが必ず付属しているとは限らない。なぜなら、
プリインストールされた状態で出荷されるサーバーに付属しているCDは、リカバリー専用に作られているため、
特定のファイルを引っこ抜くのはまず無理だからだ。
そこで我が社最強のリサーチの鬼である僕に白羽の矢が立った。
英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語など、
あらゆる言語の資料を斜め読みで理解し(半数以上は誤解するわけだが)てしまうスキルの高さを上司が評価してくれたわけだ。
ということで僕はものの数分でネット上の信頼できるサイトから、DSClient.exeを入手した。
ところが、これらはすべて偽物だった。
正確に言うと、WindowsNT用だったり、Windows98用だったりしたわけだ。そんなもんがそもそも実行できるわけ無かったり、
実行できても動作しなかったりするわけで、問題解決には至らなかった。
ということでDSClient.exeを探しに来ているWindows95でActive Directoryしたい人たちは、
なんとしてでも(知り合いからCDを借りてでも)本物のDSClient.exeを手に入れなければならない。
うちにもそのCDは無かった。
NTServerの素のパッケージはあるものの、それ以降はプリインストールされたサーバーを導入し続けていたので、
パッケージなんて存在していない。
困り果てた僕はふと思い立ち、開発の島(デスクの集まりのことを島っていうよね?)に転がっているMSDNライブラリをひっくり返してみた。
MSDNライブラリってのは開発者向けにマイクロソフトが提供しているテスト用OSだの各種コンポーネントだのの集まりで、
年間10万ぐらい払っておくと、いろいろいいことがありまっせ。ってやつだ。
使いこなせないと、経費削減のあおりで真っ先に切られる系である。
でもさぁ、一企業が年間10万ぐらいの経費出せないでどうするのよと。僕が持ってるクレジットカードに毛が生えたようなコストじゃん。
さて、すでに更新されなくなったMSDNライブラリの何十枚もあるCDから、
僕はWindows2000Server系がおさめられているCDを発見。そしてそこに、
目指していたDSClient.exeを見つけて問題を解決することができた。
丸一日を棒に振った苦労が、MSDNのCD1枚で解決できてしまったわけだ。力が抜けちまった。
きっと困っている人が他にもいるだろうから、どこかにDSClient.exeをアップロードしておこうかと思ったけど、
こわいのでやめとく。手に入れるつてがないひとは一声かけてください。
なお、Windows95にDSClient.exeを導入するには、Internet
Explorerを4以降にアップグレードする必要がある。
また、http://support.microsoft.com/kb/239869/ja にあるNTML2認証はネットワークによって違うので、
NTML2認証を使っていないネットワーク上でこの設定を行うとログオンできなくなってしまうので注意が必要だ。
報告は以上だ。ホントに疲れた。
2005年12月19日
Mojavi
完全にRubyにどっぷり浸かっている元アシNとの会話は最近はほとんどがRuby。なぜか僕がデバグしていたり。
ソースを見るたびに思うのだけど「なんでここまで書けるのに、ActionScriptは書けないわけ?」である。
プログラムなんて言語は違えど、同じ人が同じ時期に書けば、同じフローになるんだから、Rubyで書けりゃASでも書けるだろ。でも、
そうはいかないらしい。ASは高度すぎると言う。僕が教えた以上のことをRubyでやっているのに。
じゃ、何でそこまで「レベルの低い」Rubyに注力するんだろ。先が見えてるやん。あくまでもシュミの言語ととらえてるんか。
だったら、そんなことに時間割くこと自体無駄じゃない?
(Rubyコミュニティな人には悪いけど)
で、僕は今ある秘密プロジェクトを進めていて、そこで使う言語としてRubyを推すつもりでいた。使えない、 先が見えてる言語を何で推すのか。答えは話題性にある。Ruby on Rails(RoR)が僕の周りで騒がれ始めたのは 「すげーらしいぜ」という噂からであるが、まさに「アレはRubyで作られているらしい」 というちょっと変わった事例としてプッシュされることを期待しての採用を狙っていた。
んが。
立ちはだかる壁また壁。だんだん嫌になってきた。
環境に恵まれている研究者か趣味人かでなければ、Rubyを自由に楽しく使いこなすことはできないのか。
そんな腐りきったブルジョワジーな言語なんか。
ということで、どうせサーバーを何個か立てるんだろうからRailsぐらいいれてもいーじゃん。
と今はRails前提でアプリケーションの構造をポチポチと書いてみている。
んが。
「フレームワーク使うなら、わざわざRoR使うよりMojaviでいーじゃん」とかいう話を聞く。
RoRはRubyのフレームワーク。MojaviはPHPのフレームワークだ。
PHPはすごい言語だ。恐ろしくなじみやすく、HTMLに埋め込む独特のスタイル(eRubyもそうだよな)。
WEBデザイナが何か言語を取得するとすれば、PHP以外に何があるのよ?といった具合なのに、超絶な負荷にも耐えられるタフネスさ。
米Yahoo!が採用していたりする輝かしい実績。
やりたいことは全部できてしまう、豊富なモジュール群。
なんといってもDreamweaverがPHPでのサイト構築にネイティブで対応してる。
DB連携のページなんて片手間に10分ぐらいでできてしまうぞ。
ド素人でもSNSぐらい速攻で作れてしまいそうだわ。そんなPHPにフレームワークがあるとしたらあんた。無敵すぎないか。 それがMojavi。RoRほど今は目立ってない気がするのは、ウケが悪いんかな。
まぁ、そもそもRoRを使うべきだと思ったのは、どうしてもRubyでDBと連携させる必要があって、
ある程度動作がしっかりしてないと困るっすよ。という考えからで、フレームワークを活用するといった見方は一切していなかったりする。
なので、RubyではRoRを使ったとしても、
同一のプロジェクトをPHPでやるならわざわざフレームワークを持ってこなくてもいい気もしてる。なぜなら、
画面出力系は全部Flashだから。
つまり、フレームワークの3要素MVC(Model:データ処理系、View:表示系、Controller:MとVの接続)のうち、
Vがいらない。ならCもいらなくなる。フレームワークの「フレー」の部分ぐらいしか活用しないのに、導入する意味あるんかと。
小一時間問いつめられそうだ。「おまえ、単にフレームワークって言いたいだけちゃうんか」と。
とりあえず、要件定義すらまともに済んでいないので、それが進めば自ずとどんな環境を用意するべきかはわかってくるだろうと思う。 Rubyでできればちょっと仲間内で天狗になれる(笑
2005年11月 9日
部屋を作ろう
アシNのFlashトレーニングの一環として、部屋を作ってみよう。と、思い立った。
部屋ってのはROOMのこと。そう、あれだよあれ。
でもあれはスクリプトをゴリゴリやるってよりは、アイデア勝負な面があるから、トレーニングとして使えるんかどうか。 一つの作品を世に出すためにどういった行程を…とかになるか。でもそんなんあってないようなもんだし。
動画を駆使してみる…うーん。
2005年10月14日
デスクトップ
ノート派からデスクトップ派へ移行を検討中。
というのも、この馬鹿でかい液晶を買ったせいなんだけど、これ、24インチあります。
隣のThinkPad T43がB5ノートに見えてしまう。圧倒的情報量の多さ。見やすさ。
ただし、マシンはノートの方が圧倒的に速い。
液晶につながってるWin機もMacも旧世代マシンなので、ちと非力である。
なので、このデカ液晶はしばらくはアシN専用になる。あーもったいなす。
といいつつも、僕も動作チェックや調べ物の結果を表示しっぱなしにして、横目で参照したりすることがあるので、これはこれで重宝。そうすると、元々持っていたMacのキーボードがあまりにもウンコで、腹が立って東プレのキーボードを買ってきた。死ぬほど打ちやすい。さすが2万円。
ということで、ようこそ。ここが僕のデスクトップです。
左から
ヤマギワの閉店セールでかった電気スタンド。
ThinkPad T43
メールをプリントアウトした紙。修正事項などが書いてある。
無線LAN(PSP用)
でかいメモ紙。ポストイットなんだな。
徹夜に欠かせないチョコレートとポンジュース。
デカ液晶。DELLのやつ。
ハーマンカードンのスピーカ。
CECのヘッドホンアンプ。
を、エレクターの上に載っけてます。ぐらぐらするのでハーラーのテーブルが欲しいです。
2005年10月 7日
業務日誌1006
長い長いトンネル(三重県にある行者還トンネルみたいな)を抜けられそうな雰囲気。地獄には変わらんが。
とにかく今はどんな些細なことでもストレスの元凶になりかねない勢いなので、できるだけ自分に甘く甘く。
好きな曲をたらふく聴いて、できるだけ楽しく仕事を進める努力をやり中。
とにかく聴きたい曲があれば、手元のCDをひっくり返さないでiTMSでガンガン落としまくりです。
日本のアカウントだとソニーさんのレーベルが全部アウトだったりするので、アメリカのアカウントをとって、
アメリカのiTMSでガンガン落としたりしてます。
住所登録が面倒だったんだけど、アラスカ州ウィスコンシン在住って事にしたらいけた。
かなり日数が開きました。Photologはまた知らないフリして「ずっと続けてた」フリをします。はい。
近況は以下の通りです。
ストレスで手がプルプルして字が書けなくなって愉快→回復
幾度となくダークサイドに落ちかける(鬱になりかける)→フォースの力で救われる
24インチの液晶を買った。あまりのでかさに感動してもう一台買いそう。
来年は戌年なので、犬を飼おうと思っている。
子供がもうすぐ生まれる。名前を真剣に考えてる嫁さんの紙に「雲古」って書いたら本気で怒られた。
新しいバイクが欲しくなった。
写真館に写真を撮りに行ったら、恥ずかしいポーズを一杯とらされた。
会社のあるビルに新しいテナントが入ってた。エロ映像屋さんだという噂。
同僚に新しい彼氏ができた。おめでとう。(と5万回ぐらい言った)
仕事が押したり詰まったりでいろんなクライアントから絞られた。→進行形
げっそりしてるらしくてみんなに心配をかけた。すまない。
飛行機乗りたくない症候群。
仕事に支障があるからとお酒飲んでない(福岡の廣鉄夫大先生の教え)ので、冷蔵庫にワインとかがたまりまくってます。
以上です。
できるだけいろいろアウトプットしていきたい今日この頃です。
2005年8月30日
9がつのよてい
福岡は半分遊びなのでまぁいいとして、9月前半の突っ走りようが、8月に「9月はまったり」
と言っていた僕に見せてあげたい気持ちでいっぱい。
2005年8月11日
業務日誌0810
会社を2日ほど休んで(夏休みって事で)、緊急な対応。
まる2日FlashのActionScriptをゴリゴリゴリゴリ…
さすがに2日目後半は幾度となく気絶。
そしてまだ峠は越えてない。
気晴らしにカイト飛ばしに行く?
それとも新しいレンズ買って写真撮りに行く?
2005年8月 3日
後輩達
プレイステーションのピクトグラムTを会社に着ていったら、後輩のHが「ボタン押させてください」と乳首をつんつん押してきた。
もとい、乳首の上にあるプレステのボタンの刺繍を押してきた。
てっきりその気があるんだと思い、会社の近所でそういう人が集まっている場所の話をしてあげた。
「マジっすか?今日行きます。」と答えられてしまったわ。
今朝、電話当番表を当番の子に届けに行ったら、今日が初めてだという。ああ。そうだ。入社して間がないからな。
電話当番って何するんですか?って真顔で聞かれたので、こちらも真顔で「昼休みに、電話をとるんだよ。」と話す。
それを聞いていた後輩のAさん(僕は社内一かわいい子だと思っている)が「そのままじゃないですかー」と突っ込んできた。
彼女があまりにもかわいいので、電話当番の説明なんてどうでもよくなってしまった。
「困ったら○○君にまかせちゃえ!」と。
デスクに戻ってルナを飲んでたら、目の前にいる後輩Aちゃんが「また飲んでる…」と。
「健康のためだよ!」と言ったら、すかさずパッケージをチェックして「…176キロカロリーもあります。」と宣う。
「それに1日2本は飲み過ぎですよ。」とまで。
うがぁぁぁ。てめーが大分県人じゃなかったら、今頃いじめ抜いてるところだ。「ん?安心院って読める?安心院。じゃ、国東は?え?
読めないの?」って。
大分空港に関するトリビアを披露した(空港から大分市街へは陸路50kmに対し海路20kmなので、ホバークラフトがあるのだ!)ら、
「でもホバークラフト高いんですよ。バスの2倍ぐらいするんです。」と一蹴された。
「大崩山って読めるか?大崩。」って聞いたら「それ大分じゃなくて宮崎ですよ。」と答えられそうなのでやめた。
こうやって書いてると、僕って後輩に恵まれてるんだな。
2005年7月 7日
人助け
会社の後輩に「おかもとさん。○○つくってくださいよ。」と言われる。
よそに頼んで作ってもらってるから、どうしてもその費用がユーザーにかかってくる点が気にかかるのだという。
「あーアレはどういう仕組みかよくわかんね。」と答えるにとどまった。全部DirectorとFlashでやっていいってのなら、 できるんだがな。汎用的なシステムはどうも苦手だ。
「○○は無理としても、××ならいけるよ。仲間内では“すぐできるだろー”って結論だったし。」と話したら、「それでもいいんです。
やってくださいよ。」
「でも、今更僕が“やっていいすか?”って言ったところで、GOサインは出ないだろ?」
「自社でできるってわかればいけると思いますよ。たぶん。」
そっかそっか。
ならばやってみる価値はあるかな。環境は整ってるんだ。テストサーバーもある。
費用的な部分をクリアできれば大丈夫なはずだ。できるところまでやってみるか。
問題は時間だなぁ…
2005年7月 2日
トキオ
またトキオにやってきた。もう慣れたもので、モノレール地下鉄JRタクシー徒歩ランニングなんでもこい。
羽田第2ターミナルを堪能したいという嫁さんのために、やや早めに空港に着き、まずは「羽田といえばここだろ」の。Soup
Stock TOKYOへ。オマールエビのとサンラータン。嫁さんはオマールえびのと豚のストロガノフ。これがまたいける。
軽くクライアントにメールを送ったりなんかした。
次はShosaikanでいろいろ見る。なかなか興味深いらしく彼女は勝手にあちこち行ってしまったので、
僕は欲しかったフィッシャーのペンに釘付けになる。めざとく店員に見つけられ「そのペンは上向きに書いても大丈夫なんですよ。」
「知ってます。」とやりとり。
フィッシャーは取扱店が少ないと言うんだが、大阪だとハンズで取り扱ってるよな。
こういう気合いの入ったペンを1本ぐらい持っておきたいもんだ。
ある人からペンを借りたとき、さりげなくモンブランだった。「すごいね。」って言ったら、お客様に安物使わせるわけにいかないでしょ?
と返された。なるほど。それはそうだ。だからホストはみんな、デュポンのライターなんだ。
フィッシャーのミレニアムは「生涯インク切れ保証」ってのがついてる。持ち主が死ぬまでにインクが切れたら新品と交換してくれる。
これは昔からあるので知ってたけど、新しい「MARS」ってのが出てた。こいつはすごい。「人類が火星に降り立つまでインク切れ保証」
である。つまり、オーナーが死んでも別の人が引き続き使ってもいいって事だろう。そしてそれは、現時点において僕が死ぬまでは、
人類は火星に降り立てないって事を意味している気がする。
僕が今買って、それを子供の代に伝えていって、いつか保証が切れる時がくるんだろう。僕はそれをあの世から見届けるんだ。ロマンじゃないか。
36000円もすることを除けば。これほどおもしろいものはない。
その場で右手をまっすぐ挙げて、声高らかに「これください!」と言おうとしたが、こらえた。
10月20日前後に買う。
ターミナル内を案内。これがあれでなにがそれで…。そしていつもおみやげを買う「聖地」をご案内。ブルーミッシュのアントルメ・オ・
シブースト。クローバーのロールケーキ。
お気に入りの様子。
何となくキハチのソフトクリームを食べたりなんかして、ちょっと後悔してみる。昼飯があまり食べられ無さそうなのだ。あうあう。
これではドンサバティーニにいけない。
少し悩んで魚がし寿司へ。お好みで注文すればいい感じのところで止められるだろう。
マグロをいただく。
…やべぇ…こいつは…まじでやべぇ…
お初天神亀寿司の2倍以上の価格だけども、ものすごく納得のいく味。クオリティ。最強じゃないか。いや、これはまだ序の口なんだろう。
リアル江戸前寿司の本当の実力はもっとすごいはずだ。ちょっと人生観が変わった。第2ターミナルの4階にあるぞ。
腹も満たせたので、モノレールへ。JRに乗り換えて有楽町。徒歩で銀座。アップルストア。
僕がフィッシャーを買わなかった理由。ここで買い物をするからだ。
僕はいつも機内誌「翼の王国」を愛読している。そこの連載で、日本の小さな工房を巡り、その技術を解説するような特集があるのだけど、
今回は金属研磨屋さん。
金属を磨くスペシャリスト。その彼らが手がけているのは、iPodの裏側の鏡面加工だという。
ひとつひとつ、職人がその手で仕上げていく。
てっきり工場でガッコンガッコン作られているのだと思っていたら、
こんなところでJapanスピリッツあふれるクラフトマンの手がかかっていたとは。驚きを通り越して感動すらした。
機内では嫁さんとiPodの話しかしなかった感じがした。それぐらい感動した。
僕はこういう職人気質に弱い。無条件でiPodを購入前提で見に行くことにしていた。どうせ見に行くなら量販店より、
アップルストア銀座だろ。
店に入って一目散にiPodへ。裏返す。その光沢。
記事を見ていたから、それはもう人の手で磨かれたものであることはわかっている。
感動したね。世界中で売られているiPodを磨いているのが日本人なんだよ。僕はこの国に誇りを持っていてよかったと思う。
この国は政治家を除いては捨てたもんじゃない。
金穴で死にかけなのに20GBモデルをお買い上げ。
職人への敬意として。だ。
銀座のCOACHのブティックで名刺入れを物色。高すぎて死亡。マヌカンは関西よりしつこい感じ。
メゾンエルメス、ソニービル、サバティーニディフィレンツェ…。
有楽町マリオンで嫁さんと別れる。彼女は友人と会うという。僕は資料をネットで送る必要があり、一足先にホテルへ。
タクシーで980円。
通い慣れた東京全日空。23階。国会議事堂と皇居を望む部屋。
LANケーブルを借り、さっそく仕事。
仕事しながらiPodいじり。知らなかったのだけど、HDDとして使えるのね。うぅ、60GBにしておけばよかったか。
一仕事して一眠りしていると嫁さんがやってきた。
少しして六本木へ。タクシーワンメーター。
懐かしのグランドハイアット。シノビーパーティーの会場をかすめて、ノースタワーの小奈屋でカレーうどん。気に入ってもらえた様子。
そのまま徒歩で青山ブックセンター。松江泰治の「cc」を入手。
またまた徒歩で六本木交差点。写真と音声をキャプチャ。
またまたまた徒歩でホテルまで。気になるイタ飯屋をチェックしたりして、コンビニで酒を買ったりして、KOOTSでお茶を購入。
戻って仕事。
少しして小腹が空いてきたので、サブウェイでサンドイッチ。
「ペッパー入れてよ」って頼んだら、これでもかと言うぐらいに入れられた。激辛サンドイッチ。スミノフと相性悪し。
そんな感じでこの記事を書いている、土曜日の夜。みんないかがお過ごしか。
2005年6月23日
酒と仕事
昨日、コンビニに行ったときに、何となくスミノフアイスを購入。
師匠がやっているように、お酒を飲みながら仕事してみることにした。
チャットの向こうで親友がビールを空けている。
酔った勢いでいろいろだめ出しされる。
落ち込む。たぶん人生の中でベスト5に入る落ち込みようである。
しかしながら、こういう事をスバっといえる人というのは、身内以外にそうそういないだろう。
黙って耳を傾ける。
同時にクライアントとチャット。
僕の仕事を待っているらしいが、終わるのがいつになるかわからないので帰宅してもらう。
少ししてかえりましたーとメッセージ。チューハイ空けましたー。と立て続けに。
なんだなんだ。今日は全日本飲酒デーか?
気分はノリノリだが、いっこうに仕事が進まない。
酒と仕事には相性問題があるのだろう。
でも、スミノフアイス(゚д゚)ウマー。僕はウォッカベースと相性がいいらしい。
スクリュードライバー、ソルティードッグ、ブラッディメアリー…スカイウォッカなら家にあるんだけど、スミノフも買っておくべきか。
スミノフアイス1ケースと、スミノフとトロピカーナグレフルとトマトジュース1ケースぐらいをサクッと買って帰りたい。
誰か酒屋さんに行かない?行かないか…僕一人で行くか…
スミノフアイス1本を飲んでから、ポカリに切り替え。
頭痛がしてきたので、ポカリをやめて缶コーヒーに切り替え。胃の中がメチャクチャになっていそうだ。
3:30ぐらいに気絶。
2005年6月22日
横浜の濃い一日:その3
さて、昼食から戻り僕はCaptivateのセミナーへ。
Captivateってのはあまり知られていないけど、Flashベースのデモンストレーション制作ソフト。
高度な画面キャプチャ機能を持っていて、マウスの動きや各種イベントなどをキャプチャし、
それをFlash形式で書き出せるようになっている。
ま、サンプル見てくれよ。
http://www.nifty.com/support/manual/mail/win_oe6x.htm
ここの右側にある「動画で見る」ってやつだ。まさにこれの作者がセミナーの講師を担当する。
Captivateの利点は、専門知識を必要とせずに高度なコンテンツを作ることができるという点にある。
特にこういったサポート業の人からすれば、どういったコンテンツを作るかという仕様をクリエイターに渡して…なんて事をやっていれば、
伝言ゲームのように伝えたいニュアンスがスカスカなものを作られてしまう可能性だってある。
担当者レベルで制作できるなら、そういった細かいニュアンスを盛り込みつつ作っていけるわけだから、結果として品質が上がる。
そのためのソフトとしてCaptivateは作られたのだと言っても過言ではないだろう。
僕はCaptivateユーザーでこのソフトの可能性を探っているところ。
簡単なデモを売り込んでみたがなかなか利益に直結しない。悲しい。
サポートコンテンツ以外でも使い道はたくさんあるのだけど、今回はサポートコンテンツが題材である。
といっても、動画をはさむ。Flashと連携させるなど高度な技がどんどん飛び出した。えーと。ごめん。
実は肝心な部分は気を失ってたんだ。
しかし、結論は「やるじゃんCaptivate!」だ。
僕は満足げに会場を後にした。
で、次はバスキュールの北澤さんがチームでFlashコンテンツを作る際のワークフローについて解説する…のだけど、
基本的にはこういったワークフローは確立されておらず、
バスキュールも体制によってワークフローをいろいろ変えて試行錯誤している最中であるとおっしゃってた。
テーマが難しく、北澤さんも一生懸命に説明してくださってたけど、
途中退席(自由にできるようになっている)者が続出するという悲しい結果に終わった。
でも、一番大きい会場がそこそこ埋まる関心の高さ。ワークフローにはみんな悩んでるんだ。
その後は、MT開発元のsixapartの人がMacromediaと共同でその日にリリースしたMTタグ機能拡張の解説。
英語版は昔からあったらしいのだけど、日本語対応は初めてで、かつ、MT3以降対応は世界で初めてらしい。
MTオタな僕やその他の人たちにとってはなんてことはない内容であったが、僕は機能拡張は素直に歓迎する立場をとっている。
ちょっと使いにくいんだけどね。
会場で披露されたテクニックは基本的なことばかりで、ターゲットもMTさわったことない人向けな感じだった。
あ、斜め前に廣鉄夫大先生が…寝てる…
午後は、Captivateがなかなかいい感じだった。人によっては途中退席を繰り返していろいろな廻っていたらしい。
午前の充実した感じとは違い、ちょっと疲れが出た感じで。少しの休憩をはさんで「部活」という名の懇親会に突入する。
2005年6月20日
つかれた
毎週のように東京と大阪を行ったり来たりしていると、さすがに抜けきらない疲れがどこかにたまっていって、 ある日突然それが襲いかかってきます。
あうあう
まるで何かのスイッチが切れたように寝ます。それで済めばいいんですけどねぇ。
僕の知り合いが、週の半分を大阪、半分を東京(メインの住処は東京)ってやってる人がいるんですけど、 その体力はすごいもんだと思います。
え?東京に住め?
2005年6月15日
横浜の濃い一日:その2
Macが立ち上がらないとお困りの高木氏。壇上にマッツ氏が向かおうとしたときにMacの起動音が会場に響き渡った。 解像度設定で困ったりしながらも、なんとか定刻に開始。
高木さんは始めに「裏番組のことを言うのもなんなんですけど、隣の部屋では“WEBスタンダードの神”神森さんがいらっしゃるのに、
ここに来る人は物好きというか…」と。
高木さんは元々はセミナー屋さんで、自分の持っている技術を惜しみなく外へ外へ押し出してきた人で、彼を師とあがめる人は、
僕以外にも日本はおろか世界中に何兆人といるはずだ。ひょっとしたら宇宙のどこかの星にもファンはいるかも知れない。
「読み原作ってきたんですけど、役に立たないってのは分かり切っていますから…」と原稿を持ち「でも一応読みますね。 みなさまこんにちは。高木敏光と申します。」会場笑い。
高木さんはまず、クリムゾンルームの生い立ちとそれを取り巻くストーリーについて教えてくれた。
「アレは忘れもしません。2004年のバレンタインデーのことです。それまで僕は毎年少なからずチョコレートをもらってたんですけど、
その年に限ってはゼロだったんです。そのときに、plasmaってソフトを紹介してもらって…」
plasmaはFlash書き出しに対応した3Dソフトで旧discreet(現autodesk)から発売されてる。
紹介されたソフトでそれとなく部屋を作っていたら、それをゲームにするとおもしろいんじゃないかと思いついた。と。
プログラム自体はすぐにでき、いつものサイトに公開した。
脱出できた人は高木さんにメールを出せるようになっていて、その反応を見てみたが、
公開後3日ぐらいはメールも少ししか来なかったんだそうだ。ところが…
ある夜突然メールがドバーって届いた。すべて英語か何かで書かれてあって、
ドメインからヨーロッパの方の国だとわかった(国名わすれちゃった)。1時間で300通ほど。明らかにスパムじゃなく、
本文を読んでみたら褒め言葉がちらほらと。
そして少しして別の国からドバーっと、また少しして別の国から…こんな感じでコンテンツが世界をぐるっと一周して、
時間差で届く各国のメールで高木さんは眠れなかったんだそうだ。
ところが、ある瞬間からメールがぱたっと止んでしまった。調べてみたら、あまりにアクセスが殺到するから、
サーバーが耐えきれなくなり落ちてしまったんだと。
「お、やったね!って思いました。」
僕らの仕事はコンテンツで人をあっと言わせる事だから、やっちまったと頭を抱えるよりガッツポーズとなるわけだ。
翌日、普段は会社を午後出勤とかしまくるのだけど、今回は意気揚々と定時に出勤したらしい。そこへ、サーバー管理者が青い顔して飛んできた
「なにやってくれたんですか。」「この話は今日の営業会議でしますから。」と。
その日の17:30からの営業会議で高木さんはこってり絞られたらしい。
「何を公開したんだ。」
「何ってゲームですけど」
「エロか!」→会場爆笑
高木さんの理解者である社長はこの日、出張でいなかったため、さんざん責め立てられたらしい。
翌日、社長から呼び出された高木さんは意気揚々と社長のもとへ。「お前がやったことのすごさは認める。しかし、
やるからには会社に稟議書を出してからにしてくれ。」これが高木さんにとっては意外だったらしい。
奇しくも初代クリムゾンルームは、公開してすぐにサーバーから消されてしまった。
それを高木さんは飲み友達に話した。その友人は仲間に声をかけ、新しいサーバーを見つけてきて用意した。そしてクリムゾンルームは復活した。
すぐに世界中からの反応がメールで届き、仲間と祝杯をあげていたときのこと。高木さんの電話が鳴った。
「ヤ○ー!ってのはたち悪いっすよね。うちからは連絡できないのに、向こうからは連絡してくるんですよ。日曜の午後とかでも。」
ヤ社からの電話の内容はこうだった「やめてくれ!」と。
「レンタルサーバーっていうのは長屋なんですよね。うちに来ている人が玄関にくさい靴をならべてしまっているので、 他の人が入ってこれない。そういう状況になっちゃったんですよ。」
ヤ社はクリムゾンルームをアクセスできないように設定した。1週間ぐらいだったか。落ち着くまで。
会社を追われ、ヤ社にも追われたクリムゾンルームは、また別の知り合いが見つけてきた、回線の太いサーバーで3度目のリリースを果たす。
それが、今のファスコのサイトである。
そのころに2作目のビリジアンルームを公開する。
「おもしろかったです。公開数時間前に2ちゃんねるでスレッドが立ったんです。そこでみんなが“たばこ用意したかー” “トイレいっておけよー”ってやってるんですよ。で、結局公開が都合で数時間遅れたんですが、 公開後すぐにゲームのクリア状況が書き込まれていくんです。」
メールとは違った興奮でまた眠れなかったらしい。
(今書いていて思った。ひょっとしたらビリジアンルームとヤ社の行動は前後しているかも知れません)
高木さんセミナーの半分ぐらいがこのストーリーだったけど、話す内容にはコンテンツに対する愛情とか、
高木さんの思想が反映されているので、みんな楽しく聞き入っていた。
時間も迫ってきているので、いよいよソースの解説に入る。
まず、知らない人のためにクリムゾンルームを1回解く。それをふまえて解説を始める。
コンテンツソースの話はここでしても仕方がないので割愛するけど、ごくごく簡単なプログラムで構成されてあり、
高木さんも言っていたけど「スクリプターからすればどってことないですよね」って感じだった。
しかし、よーく見ると小さなアイテム一つ一つが3Dでモデリングされてあったり、方々にコンテンツに対する愛情が詰まっている。
これぞタカギズムである。
クリムゾンルームの最大のイベントである「踊る男」のソースも公開された。これはすごかった。
自宅居間にビデオカメラを設置して、あるラジオ番組の紹介を流し、そのナレーションに合わせて高木さんが踊り、
それをPCに読み込んで輪郭を1フレームずつトレース(なぞる)したものだった。
動画って1秒で30フレームある。半分にしても15フレーム。動画は数分続いていた。
仮に15フレで作っても2700枚の絵を描くことになる。
その一部をクリムゾンルームに採用したというわけだ。
各種ハックに対する対策も公開され、次回作の予告も行われた。
一通り解説が終わり「誰でも作れることを証明したい」と高木さん。
なんとその場でミニムゾンルームを作り始めた。
アイテムを見つけると、それがスロットに追加されるというアクションをその場で作成。動作させる。
「これの組み合わせですよ」と。
そして「いまこんなんやってます」といくつかのムービーを披露。「弾き語りってあるじゃないですか。アレに似た“ムビ語り”
ってあってもいいんじゃないかと思って。」とムビ語りを披露。
「自分の声をムービーに入れたことがある人ってどれぐらいいますか?」と。
僕はその昔、スズエってムービーで自分の声を入れたことがある。4段配列のキーボードの1段ずつに「ス」「ズ」「エ」「スズエ」
の声がたくさん入っていて、キーを押すと発音するってやつ。公開しようか?僕の親とか見たら「やっぱり息子は変態だった!」
って頭を抱えるかも知れない。しかし、これこそがタカギズム!愛ムビ無罪!
で、質疑応答へ。あらかじめ募集されていたものを公開していく。
Q:「ザゼンボーイズ買いました」
A:「これはインサイダーですね」
Q:「次回作の勉強に来ました」
A:「僕がシナリオで、オーサリングは別の方なんです。その人ですね。」
Q:「コンテンツで利益を得る方法は?」
A:「携帯電話かなぁ」
Q:「影響を受けたクリエイターは」
A:「いない。文学少年なので○○とか○○とか○○とか」(作家の名前がたくさん出てきた)
こんな感じの質疑応答があり、まだ時間があるというので現在の作曲の手法を披露。Macのソフト「SOUND TRACK」
でやっているらしい。「こういう便利なのがあるんですから、みんな使いましょうよ。サウンドトラックとかアシッドとか」。
そして、「じゃ、このへんで」と終わりを告げた瞬間に、チャイムが鳴った。見事すぎるジャスト。
セミナー後皆が激励に駆け寄る。なかには“神の中の神。いわゆるゴッドオブゴッド”大重美幸大先生がいらっしゃった。名刺ゲット。 噛みつつも(だって、 すっげーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえらい人なんだよ。 演歌界で言う美空ひばりの北島三郎乗だよ。)「岡本です。あ、はげです。」と自己紹介。はげで通じた。
セミナー後は昼食なので、僕は同僚のS氏の知り合いたちと近くの回転寿司へ向かった。
高木氏たちは会場の外の噴水前で酒盛りしてた。
今回のセミナーで一番印象に残ったのは
「世界に向けてコンテンツを発信するんだから、日本語だけでなく、英語版も作りましょうよ。合ってなくていいんですよ。
通じればいいんですから。間違ってたらそのうち誰かが教えてくれますよ。」
高木さんのルームシリーズははじめから日本語と英語が切り替えできるように作られてある。自ら「稚拙な英語だけど」といいながらも、
そのコンテンツははじめから世界をターゲットにしていた。もし、
日本語だけだったらああやって地球をぐるっと回ることなどなかったかも知れない。
高木さんはクリムゾンルームがきっかけで独立。株式会社タカギズムを立ち上げた。
そのうえさらに、クリムゾンルームを作ってしまった。リアルで。
そして、コンテンツがブラジルに渡って、新聞に載ってしまったりした。ポルトガル語よくわからん。
久しぶりの高木さんセミナーだったけど、ぜんぜん衰えていない。またやって欲しい。飛行機で行くだけの価値って言うか十分ある。
次はセミナー後半。
Captivate、Flashチーム制作のワークフロー、MTと続き、「部活」という名の懇親会へと続く。
横浜の濃い一日:その1
5時ぐらい起床。うだうだしていて時間だけが過ぎていて、かなりのギリギリ具合に出発。
車にしようかと思ったけど、何となくバイクに切り替え。電車だともう間に合わない。
7時過ぎの飛行機目指して6時過ぎにでる。
R26の引き継ぎの悪い信号(早朝にもかかわらず!)にいらだちつつも、大浜ICから湾岸線へ。
加速レーンからハーフスロットル(フルだとウィリーしたままどこか飛んでいくから)。ものの数秒で***km/h。ETCじゃないから、
料金所のタイムロスが怖い。
それを恐れてかペースがどんどん上がるあがる。うっひょー!いつものスターレットの1.7倍ぐらいだぜー!
あっという間に泉大津。料金をETCカードで支払い、再スタート。
かすんでいていつも見える関空が見えない。それがまた恐怖感を増長。霧の中にホテルがもわーと浮かんだかと思ったら、やっと空港が見えた。
ふーまにあった。
空港でバイクの駐車場が見つからず(なんかめちゃくちゃ端っこでしかも金取るんだぜ!)、
うろうろしていたけど結局30分未満の時間でつけたんじゃないかな。伊丹の倍か。深夜早朝は関空しか使えないから仕方ないか。っていうか、
橋高杉。バイクだけ100円ぐらいにしろ。ぼけ。
ロッカーにヘルメットとジャケットと自宅のカギ(笑)と駐車券諸々を突っ込んで、チェックゲートへ。 今日はフィルムを持っていないのでオールOK。搭乗口で同僚のS氏と合流するも、すぐに搭乗が始まったので別れる。 飛行機はANAの朝2の便。いつもの後方窓際だけど、半分寝そうになる。隣は空席。
離陸直後、霧に浮かぶ熊野の山とか見事だったけど、デジカメ使えないので断念。
モクモク祭りでもなく、のっぺりとした空だったので、写真を撮らないまま着陸態勢へ。東京上空は本当に綿菓子みたいな雲が広がり、
飛行機は徐々に高度を落としてその雲に着陸するかのような感じに。
マジで綿菓子だよ!乗れそうだよ!
興奮冷めやらぬまま着陸。ものすごい低い高度で太陽光を遮る雲が東京を覆ってた。おかげですごい涼しい。
横浜へのアプローチを検討し、少し遅れて福岡からやってくる“神。いわゆるゴッド”廣鉄夫大先生を待つ。
定刻通りに到着した飛行機から廣先生がやってきた。S氏を紹介して、バスへ。JFEのでかいタンクとか撮ったりした。ああ、
ここの工業地帯は本当に美しい。
バスはトロトロと横浜に到着。そしてみなとみらい線の改札が見つからず、迷う。
やっと見つけて、急行列車に乗って、みなとみらい駅へ。
次にパシフィコ横浜を捜すのに、困る。変に遠回りして、やっと会場に着いた。
会場で受付に向かうと「報道の方ですか?」と聞かれる。
男3人。手にはミノルタαデジタル(廣先生)、EOS20D(S氏)、D2x(僕)。このトリオをみて誰がクリエイターだと思うだろう。
いや、誰も思わない。
パンピーとして受付を済ませ、「チケットわすれた」という先生は別の受付へ。
その先生に駆け寄る女性1名。別のところに、先生に手を振る男性1名。どこかで見たことがある…どこだったかな…
受付を済ませた先生と先ほどの男女の元へ。紹介してもらった。
株式会社タカギズムのH氏とM氏。「元々僕の事務所にいたんだよ」と先生。あ!わかった!「ハッツさんですよね?」「そうです。」
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
ハッツ氏はぐれーぷさんのblogで知っていたので、この既知感はそれだったか。
「私がマッツです。」と女性。
後で聞いた話だと「高木を止められる2大女性のうちの一人」だという。もう一人はワイノット社長の黒坂さん。
そこに“神。いわゆるゴッド”高木敏光氏が登場。もう、紹介するまでもないだろう?クリムゾンルームで世界的有名人になった、“あの”
高木敏光だよ。赤い部屋に閉じこめられたことあるだろ?腱鞘炎になりそうになるぐらい画面をクリックしたろ?
株式会社タカギズムバージョンの名刺を受け取る。僕のことは覚えてくれていたような感じもするけど、覚えていないような感じもするなぁ。
でもS氏には「初めましてだよね?」って言ってたから違うかな。
「外に出ようよ。」と高木氏。僕は知り合いのサウナマン村上が講師を務めるモブログ講座を聴きに行くので、一旦別れた。
入り口で資料を受け取る。モブログじゃない。
セミナー中に画面の表示されるFlashに、携帯から接続して、
自分のアイコンをピョコピョコ動かして遊べるというコンテンツが用意されてあった。
「もうボロボロでしたー」とサウナマンは言ってたけど、そんなことはない。
唯一携帯から更新できるFlashブログの裏側をあそこまでアウトプットできるって言うのはすばらしいと思う。
あ、なるほど、そういうことをやっているのかっていうものがたくさんあり、目から鱗だ。
が、携帯コンテンツではいたずら心でBADゾーンでアイコンを遊ばせていた。すまない。僕だけだったな。
(コンテンツではGOODゾーンとBADゾーンに別れていて、リアルでプレゼン内容を評価できるようになっている。
アイコンは携帯電話から自由に位置を操作できるようになっている。)
ふと画面を見ると、明らかに変なアイコンがうろうろしている。うーん。バグかなぁ。
セミナー後サウナマンを激励にいく。といっても、今まではネット上の付き合いで、リアルで会うのが今日が初めて。西の変態である僕と、
東の変態であるサウナマン。ついに東西の変態が手を組むときが来た。
レアグッズ、モイモラ名刺をもらう。モイモラっていうのは、かな打ちでローマ字打ちに直すと「MEMO」になる。
近くには京都のクリエイター、植木氏がいた。変なアイコンは彼が会場で即席につくって、コンテンツをハックしたものだったという。
同じ部屋で高木氏のセミナーが始まる。
すでにハッツさんマッツさん廣鉄夫大先生、高木さんの旧友森川提督、そのた大勢の著名なクリエイターが前列を占拠。
廣先生によれば「もう、2杯ぐらい飲んでる。」とのこと。
白ワインを飲みながら講義するっていう話は本当だった。壇上にはすでに栓が抜かれたワインが用意され、グラスに少しワインが残っている。
高木さんのセミナーは何年ぶりだろう。しかも内容はクリムゾンルームのソースをみせるってやつ。
いよいよ、その幕が切って落とされる!
高木:「ねー!マック立ち上がらないんだけどー。誰かいない?」
2005年6月13日
明日は横浜
横浜って初めてです。
子供の頃、地図帳で日本を見ては「けっ、黒海とかカスピ海より小さい島国って、日本はなんて狭くてショボイ国なんだ。」
と旧ソ連やアメリカなどにあこがれを覚えていたんですが、この年になっても未だ全国を巡り切れていません。日本広すぎです。
僕が書籍(特攻の拓)
で手に入れた横浜の情報によると、横浜は神奈川県っていうところにあるんだそうです。すいません。初めて知りました。
確か「相模ナンバー」っていうのがありますよね。
なんか、暴走族がいっぱいいそうです。
きょろきょろしてたら「いまおめーガンくれたべ?」とかいってぶん殴られたりするんでしょうか。保険かけていった方がいいでしょうか…
あ、あとなんか米軍の人がたくさんいそうです。変な言葉口走らないようにしたいところです。とりあえず「ブラザー!」
って言い寄ってくるガイジンだけは注意しておきます。
観光とかしてるヒマないのですけど、初めての土地なのでなんかリスペクトしてきたいです。
ちなみに、高木敏光師匠、廣鉄夫師匠、大重美幸大先生など、たくさんの業界著名人な方とお会いできると勝手に妄想してます。
2005年6月 7日
高木師匠のBlog風に波照間島を振り返る
※船酔いに関する記述があります。そういうの苦手な方は読まない方がいいです。読んで気分を害したりしたとしても、責任持ちません。
6時ぐらい起床。
同室のS氏と共に朝食を食べに行く。
レストランが改装中とかで、馬鹿でかいバンケットに通される。
クロワッサンとサラダとトマトジュースをとって、用意された席に戻るとなぜか料理が並んでいた。
S氏に「なんか、ならんでるよ。」と。
S氏もびっくり。
気にせずテーブルに持ってきたものを並べていると、オバハンがやってきて「なにしてるの?」みたいなことを言ってくる。「ここ、
僕らの席なんですけど。」と答える。
オバハンは目を合わさずブツブツ消えていった。っていうかお前、チケット渡してないだろ。
食事中、S氏の妻がすっ飛んできて「なにやってるの!」と。
「朝飯食べてんだけど」と答えるS氏を待たずに「7時に迎えにくるって言ってたでしょ!」と。一緒に朝食を食べる約束をしていたらしい。
「それは、由々しき問題ですな。」とフォローにならないコメントを差し上げ、僕は黙々と食べ物を口に運ぶ。
妻がどこかに行って、S氏は足りないのかまた何かを取りに行ってた。そこへ妻がスタスタと駆け寄り…
脇腹に一発見舞っていた。
僕は2杯目のトマトジュースを一気飲みして、席をあとにしようとしたらS氏が「ごめん、あっちで食うわ」と。それは仕方がない。
僕は出るときに紙ナプキンを何枚か拝借した。
部屋に戻って機材をセットアップ。もてるものを片っ端から詰め込んで出発。
ホテルに置いてあるレンタカーに乗り、離島桟橋と呼ばれるところに行く。
途中、レンタカー事務所に車を預け、そこから徒歩。
チケ屋が見つからないけど、うろ覚えの船舶会社の事務所に入り、波照間往復の切符を購入。
指定された船に乗り込む。
すぐに出航。
60分ぐらいで着くという。
途中、いろいろな島が見えた。西表の近くではスコールのような雨が降っていた。
僕はだんだんと手にしびれを覚えた。呼吸が荒くなってきた。意識がもうろうとしてきていた。気がついたら、
手に持っていたハンドタオルを落としていた。
拾おうとしたけど思うように体が動かない。経験ですぐにわかった。船酔いだ。洒落にならない。かなりの重症だ。
すぐさま船の揺れに合わせたかのように吐瀉物が口まであがってきた。とっさに口をつむって、吐き出すのを抑えた。
飲み込むとさらに吐きそうなので、幸いにも外を見ることができる、後部デッキに移動することにした。
雨のせいで後部デッキはビショビショ。揺れでまっすぐ歩けず、這うようにして乗降口に立った。
船の揺れに合わせて口にたまってた吐瀉物を思いっきり外に飛ばす。が、横風に流されて、うまく遠くに飛んでくれない。
「ここじゃダメだ。」僕は一番後ろに移動した。
瞬間、ものすごい吐き気を覚えて、胃がひっくり返るぐらいに吐いた。隣に人がいたが(おそらくその人も船酔い体質なのだろう)、
お構いなしだ。彼は僕の雰囲気を察したのか、別の場所へ移動していた。
何度吐いたか覚えていないが、西表島が遠くにかすんで、晴れ間がのぞき始めた頃、やっと落ち着いた。雨か海水かでぬれた手で、
口のあたりをぬぐって、すぐにハンドタオルで拭いた。
服は上下びしょぬれだった。でも、それはそれで構わなかった。
10分ぐらいして波照間島に到着。
僕は他の人が降りるのを待って、機材を取りに行った。僕が座っていた席に、サングラスとGPSが置かれてあった。
気がつかない間に落としていたらしく、隣の初老の夫婦が拾ってくれていたのだろう。
船を下りて、とりあえず人のいないところまで歩いて、海を見ながら大きく深呼吸した。
まだ少し酔っている気がするが、この島には7時間しかいられない。すぐにでも行動を開始する必要があった。
適当なレンタサイクル業者に声をかけ、車に機材を乗せる。
「すごい荷物やね。これで自転車に?」
「バイクもあるの?」
「あるよ」
「バイクにしようかな。」
車はゆっくりと走り出した。僕以外には若い夫婦がいた。時代遅れのペアルックだ。
「石垣は雨だったさ?」
「いや、西表あたりかな。」
「そうかぁ」
「船で酔ってしまって、西表で雨が降ってたのだけ覚えてる。」
車がゆっくり減速して、「あの木、モンパの木っていう。あそこ右にはいると、ニシ浜。」
車は左折してサトウキビ畑の中を行く。また減速。「あの黄色い屋根。おみやげ屋さん。」
車はまた左折して減速。「ここが、ご飯やさん。青空食堂。」
少ししてまた減速「あ。今日は土曜日か。あそこ定休日ね。で、ここが売店。」
売店の名前は冨嘉部落っていう。
集落の中にレンタサイクルやさんがあった。
先に夫婦に手続きをしていてもらう。僕はバイクが「チョイノリ」だったので、すごい興味を持って「バイクにするよ。」と伝えた。
「免許は?」
「普段1000ccに乗っている」
「それはすごいさ、この人1000ccに乗っているんだと」と近くの奥さんに報告している。
夫婦が出かけていって、僕は書類に名前を書いた。思わず実家の住所を書いてしまったけど気にしなかった。免許証を見せて4000円を支払う。
「農道よりひどい道には入ってはいけないよ」と注意され、僕はチョイノリに乗った。
リジッドサス。35km/hで悲鳴を上げるエンジン。なかなか楽しい乗り物である。
ニシ浜について写真を撮影。
すぐに引き返してぺ浜を探すが見つからず、気がついたらペムチ浜にいた。忠告を破り、道なき道を突き進み、
バイクに乗ったまま風景を撮影していく。
肩から提げたカメラバッグにGPSをセットし、首から提げたカメラに常に位置情報を送信する状態である。
ペムチ浜をあとにして、最南端の碑へ。山羊が服を食べにくる。さわっても平気。
そこをあとにして空港方面へ向かったら、牛の大群が道路を占拠していた。
空港は誰もいないので、手前で集落方面に折れる。そして道に迷う。
目印として、大きな風車がある。そのあたりが島の中心地であることがわかる。中心地を目指して集落を抜け、適当な日陰にバイクをおき、
集落の写真を撮っていたところで鼻に違和感を覚えた。
ぬるっとした感触に思わずさわった指を見たら血がべっとりと付いていた。そして、独特の鼻血の感覚。
量が半端じゃなくあっという間に立っていたところが血に染まる。周りを見ても誰も助けてくれない。っていうか誰もいない。
家は戸や窓が開いてはいるものの人の気配はない。
ホテルで拝借した紙ナプキンを思い出した。カメラバッグの書類入れに入れてある。
僕は血だらけの手でナプキンを取りだし、適当に丸めて鼻に詰め、思いっきりそれを傷口と思われる場所に押さえつけた。
すぐさま出血は止まった。
手とか、靴が血に染まってた。僕は気にせず旅を続けることにした。
集落を抜けると「モンパの木」って店が目についた。おみやげ屋さんらしいが、興味がなかったのでスルーした。
そんな感じで島内を何周も回った。
モンパの木の前は4〓5回通った。
11時ぐらいになって、飯やさんを探したが、見つけたところは12時からだった。僕は島をもう1周してくることに決めた。
知らない道を行ってみた。最南端の地でしばらく休んだりしているうちに、2時を回っていた。店に戻ると閉まっていた。
12時から14時しかあかないらしい。
僕は船着き場に小さい店があるのを思い出し、そこに向かった。トイレを借りて、手を洗って、世間話が好きそうなおばちゃんに「そばひとつ」
と頼んだ。
コーレーグースがずらりと並ぶカウンター。「泡波」ってラベルが貼られているが、変な名前の泡盛だなと気にもとめなかった。
すでに15時前。船は16:30で16時に返却の予定だ。
ラスト1周と言わんばかりに、集落を横切って外周道路を目指す。
そうだ。
酔い止め薬を買い忘れていた。
適当に見つけた売店に寄ってみると、閉まっていた。開いている売店を探して島内をうろついて、
やっと見つけたところで薬がないか聞いてみたら置いていないという。
置いてある店は冨嘉売店と○○売店だけだという。しかし、それらは今は閉まっているという。
どの売店も昼過ぎから休憩に入り、15時過ぎまで閉まっているのだという。
僕は冨嘉売店のあたりの集落をうろついて開店を待った。
地元の少年らに顔を覚えられた頃、冨嘉売店がやっと開いた。
薬とお茶を買った。
僕はお茶を少し飲んで、ニシ浜に最後の写真を撮りに行った。
西表には積乱雲が立ちこめ、その周りは雨雲が発生していた。あまりいい景色じゃないけど、何枚か撮影して、バイクを返しに行った。
返却しながら世間話。「なんの仕事してるの?」って言われたので「教科書用の写真を撮っている」と答えた。
その場で薬を飲み、必要な機材いがいを鞄に詰めて車に乗せた。
少しして夫婦が戻ってきて、港まで送ってもらえた。
「16時だよ?なのに太陽がこんなに高い。」
「日没は19時半ぐらいよね?」
「そうそう。詳しいね。あんた。」
伊達にプロじゃないですから。ってコメントは口にしなかった。プロは船酔いなどしないからだ。
船着き場の待合室で時間をつぶす。
しばらくして船が入ってきた。皆一斉に桟橋に移動する。
会社違いの船がほぼ同時にはいるので、ちょっと混乱している。
目的の船に乗り、使わない機材を安定したところに置かせてもらって、僕は20mmを持って後部デッキで写真を撮ることにした。
薬が効いたのか全然酔わなかった。
積乱雲積乱雲積乱雲。虹。海。島島島。積乱雲積乱雲。
途中、トビウオをみた。着水する瞬間が見えないぐらい遠くへ飛んで行っていた。稚魚も飛ぶ。
1時間たったまま、デジカメのバッテリーが切れるまで延々撮影を続けた。
石垣に着いた。
レンタカーでホテルに戻り、ネットに接続した。
泡波の正体を知った。
東京とかでは2万円するって?それをコーレーグースに?
波照間に渡る観光客の目的のほとんどは、泡波にあるという。
波照間で盛んな漁はトビウオ漁だという。なるほど。
真っ赤に日焼けしてるのに気がついた。
靴とかの血は、知らない間に流されていた。ただ、右の靴の樹脂のところには、今でも赤いものがこびりついていてとれない。
2005年6月 6日
高木師匠のblogみたいに東京を振り返る
5時ぐらい起床。
風呂に入ってぼけっとチェックインしていたら、飛行機の時間が8:00じゃなくて7:15であることを知る。
急いで用意して伊丹へ。ぎりぎり間に合った。
機内では隣の親子連れに変な目で見られながらもカメラいじり。1枚も撮らず。
羽田について一目散にスープストックトーキョーへ。ワタリガニとオマールエビのスープ610円。
PHSでネットに接続して、会う人に羽田着を知らせる。
帰りは遅いので、土産屋がしまっていることを予測し、あらかじめめぼしをつけておく。
ブルーミッシュの洋なしのシブースト。羽田限定。
微妙なおみやげが好きだという親友のために、ポケモンジェットのダイキャストモデルを買おうとしたら7000円もするのでやめた。
江戸花火のDVDがあったけど、微妙すぎるのでやめた。
スープだけではおなかがいっぱいにならないので、モノレール乗り場の近くのフレッシュネスバーガーへ。バーガーとラテを頼んで、 機材を入れ替える。ハッセルと80mm。フィルムはイルフォード。
あえて快速を飛ばして、普通のモノレールに乗る。窓際の席をキープして浜松町までの24分で1ロール。
浜松町で機材をD2xに切り替え。レンズは28-70。
大阪と勝手が違い、なかなか思うようにカメラを振り回せず、結局1枚も撮らぬまま恵比寿へ。
T氏と合流。すこしして以前一緒に仕事をしたMのメンバーが到着。近くのスターバックスで世間話と名刺交換。
生まれて初めて赤ちゃんの写真を撮った。そしてまだ送ってない。
時間だというので、クライアントの事務所へ。みんな顔見知りらしく、初対面は僕だけだった。
なのに事務所を探すのにちょっと迷う。引っ越ししたばかりらしい。猫屋敷を見つけた。
真新しくて、きれいで、PCが整然と並んでいて、たくさんの本があって…理想の形な仕事場。きれいすぎず少し散らかっている程度が心地いい。
寝る場所がないと事務所の人が言う。
社長が帰社したので、ミーティング。案件のイメージ統一を図るために、全般の仕様の説明を受ける。
あらかじめ決まっている仕様にいろいろアイデアを出し合って、さらにいいものを作っていくという形。
50インチのプラズマディスプレイにMacをつないで、いろんなページをみて「あれがいいな」「これはだめだな」
といいものだけをつまんでいく。途中、表示されたBLOGに知り合いの名前を見つける。セルリアンタワーで働いてるって聞いたけど、
会えるのはいつなんだろう。
次のアポへの時間が迫る中、各担当同士で話をしたり。僕の担当はFlashプログラム。
ビジュアルを別の人が担当するけど、モーション関連も手がけるのだろう。
事務所を出て小走りに待っている方へ電話。2分半で行きますと。
恵比寿像っていうところで落ち合って、喫茶店かレストランか、そういう店に。ケーキとラテを注文。っていうか、ごちそうになる。
先に手がけた2つの案件についてのお礼をいただく。そんな、人にそこまで感謝されるようないい仕事をしましたか?僕。
恐縮してちょっとだけ小さくなる。
隣の席には超美人がいる。プロだ。自分を見せるプロ。わかるか?それが。
予想は的中。プロの前にいるのもプロだ。無造作にテーブルに置いたカメラをちらちらと見ているなと思ったら、写真のプロだ。その後、 別のプロが現れて、ブックを見せている。さすがプロ。
世間話と、会社の概要の説明を受ける。
ネットや電話越しでしかやりとりしたことのない方で、やっと会うことができた。
次に仕事の話。Flashのプログラムって今需要があるんだな。
20時に羽田に行きたいと無理を言って、19時に打ち合わせを切り上げてもらった。
山手線で浜松町に戻り、ちょうど、そこに住むという別の友人にメールしてみるが、レスがないのでそのままモノレールに乗り込む。
少しして返信がある。「地下にいた」と。「運命は過酷だね。」とレスしておく。皮肉たっぷり。お互い忙しい人だから仕方がない。
快速だったのであっという間に空港へ。夜の東京は雨。でも、はじめのクライアントの時は曇ってたので、結局雨に当たることはなかった。
改札を出てチケットを発券。ブルーミッシュへシブーストを買いに。そしてそのまま機材ごとコインロッカーに突っ込んで、
微妙なおみやげ捜査を開始するも、いいのが見つからないので、4階のドンサバティーニへ。
比内地鶏のなんとかをなんとかしたカルボナーラとトマトとモッツァレラのなんとかを頼む。読み上げるのも面倒なので、メニューを指さして
「これとこれ」って言うことにしてる。最近は。
だって、絶対「比内地鶏卵を使った黒胡椒風カルボナーラとフルーツトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ」って頼んでも略されるぜ。
店の電灯がどうみても「肛門」にしか見えず、下品なメールを写真付きで妻に送信。周りはカップルばかりなのに、僕は一人で肛門メール。
かかってこい。
出てきた料理は価格の割に少なかったりして不満だったけど、味はよかった。ドンサバティーニってサバティーニ・ディ・
フィレンツェの系列店らしい。どうりで。やけに高級店が多い。羽田第2ターミナル。
名前を知ると急においしくなった気がした。ナイスプラシーボ。
会計を済ませて外に出たら、土産屋さんが全滅。写真付きで親友に報告。ポケモンジェットにすべきだったか。
少し早いけど、搭乗口へ。PHSでネットにつないで、T氏制作のMLの動作チェックを兼ねてメールを送信。
Photologの写真を数日分編集して、アップロード準備フォルダへ突っ込む。
機材をバッグに収納し、手荷物検査が面倒でポケットに入れておいたフィルムも収納。代わりにPCと資料を取り出して機内モードへ。
搭乗開始。オバハンが割り込んでくる。割り込むくせに歩くのが遅い。
機内では3列シート独り占め。シブーストのためにわざわざ1席キープして、寝た。工業地帯の光を見たことだけ覚えてる。
目が覚めたら大阪の灯が見えてた。膝に抱えていた資料とPCはなぜか床にあった。
日帰り打ち合わせは体にくる。
そろそろホテル泊まりを考えた方がよさそう。
空港には家族が迎えにきてくれていたので、僕の運転で帰宅。
半分寝ながらだった。
帰ったらメールがたくさん来てた。で、いつ就寝したのか覚えてないや。
--追記
今日会社で、会った人の話をした。「その筋では超有名人だけど…」と言われた。
あうあう。やっちまったぜ世間知らず。
続きに用語解説
多忙君
この仕事って波があるな。
5月の後半は文字通り閑古鳥が鳴く状態だったのだけど(会社には行くのだけど)、末から6月始めに入って続々とお話がやってきて、
気がつけば2週間に1回ぐらいのペースで東京行きまくりのしゃべりまくりの話聞きまくりな人生を歩むことがほぼ確定しまくっていた。
マイルたまるのはうれしいんだけど、1往復2万円以上がスコーンと飛んでいくのは、心地よくも財布に厳しい。
このペースがずっと続くなら、今の会社やめてもいいなって思う。
申し訳ないが、これ以上の仕事を今、請けることはできなくなった。
残念なことに保留中の仕事はお断りせねばなるまい。
2005年6月 3日
TOKYO PART1
これからほぼ毎週のように東京に行きます。おそらくPART4まであります。それ以上あると飛行機代だけで自爆確定です。
PART1は山手線内某所でミーティングをいくつか。
帰りに羽田第2ターミナルでブルーミッシェルのアントルメ・オ・シブースト買って帰ります。
スープも忘れずに食べます。
とりあえず明日。起きられるかなぁ。写真撮ったりできるかなぁ。
あれ?ブルーミッシェルってうめだ阪急とか難波高島屋にも入ってるんだ。買ってこなくても(・∀・)イイ!かな。
2005年5月24日
i-mode サイト
i-mode のサイトを訳あって作りました。
ちょっといびつなQRコードですけど、一応読めるみたいです。
URLは http://okamot.com/i/ です。
パソコンでも閲覧できます。待ち受け選びまくってパケ死したくない方は、是非パソコンでアクセスしてください。
人気のある画像や、U*D未公開画像などを待ち受け画像にしています。
240x320の表示領域を持っている携帯電話に対応してます。
それ以外でも一応見られると思うのですが、拡大縮小された上に余白ができたりしてかっこわるいかもしれません。
これは完成品で、素材じゃないのでそこんとこよろしく。
2005年5月23日
さて石垣島まで時間がないわけだが
なんの準備もできてない。未だ九州の余韻が抜けない。
初めて大判カメラを飛行機に乗せるので、ペリカンのハードケースを探し回っている(我が家では“ペリカン狩り”と呼んでいる。
僕だけだが。)がなかなか見つからない。
探しているケースはCASE1610または1650というタイプで、スーツケースみたいなコロコロがついてる。
ペリカンのでかいケースは重量がかるく10kgとか行っちゃうので、コロコロがあると非常にありがたい。しかし、ものがでかいせいか、
またニッチな市場からか、商品がどこにも置かれてない。
ポピュラーなCASE1400はたいていの店で手に入る。僕も持ってる。
さすがにやばいので、通販ショップなど2店に「なんとかしてくだせぇ…」と泣きついている。
もうすぐ返事があるはずだ。
ちょっと高いけど1650になっちゃってもかまわないやと思っている。大は小を兼ねる。三脚とかも突っ込んじゃおう。
僕は無類の入れ物大好き人間である。
小さいものではタッパウェアみたいなのから、でかいものではカメラ用バッグとかゼロハリとか。
ソウルが感じられる入れ物はどんどん買っていってしまいそうで怖い。
2005年5月17日
九州撮影レポート4
前のレポートに写真を入れてないなぁ。
入れていかないとなぁ。
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5月4日10:00 START 北緯32゜56'12.6" 東経131゜7'11.4" 高度544.00m
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宮地駅の写真を撮ったりなんかしてね。だから、GPSのデータが残ってる。
自販機の前に車を置いて、スポーツドリンクを1本買って、半分ぐらい飲んでスタート。峠越えは降りきったときにどっと疲れが出るな。
食事を予定している山水亭は、熊本県産山村にある。初めて熊本に立ち寄ったときから毎年必ず立ち寄っているお店。
地鶏卵のオムライスが有名だけど、それ以外のメニューもなかなかいける。しかもボリュームがすごいのに価格が安い。
野宿で偏りがちの栄養をここで一発たたき直したいところ。
宮地駅前をやまなみハイウェイへ。
この時間帯は瀬の本あたりで泊まったバイク乗りたちが一斉に阿蘇を目指す時間帯。なので、逆方向の道はやたら空いてる。
みるみる外輪山が迫ってきて、一気に登山道を駆け上がり、カルデラに入る。慣れたものでもう、
どこに何があってどこに行きたければどう行けば早いかとか覚えてきた。道が変わっていなければのはなしだけど。
しばらく北上すると産山村集落に入る道があるので、ここを右折。山水亭へのアプローチとしてはほかに池山水源を経由するルートがあるのだけど、
高低差が激しいクネクネの道を通らないとダメなので、初めての人にはちょっと厳しい。ところが、
この集落抜けの道はきれいに整備された2車線の道なのでらくちん。
小学校のところを左折。続いて川を渡って左折。あとはまっすぐ道なりに行けばこのへんに山水亭があります。
車を置こうとしたらまだ準備中。11時開店だそうで。30分ほど時間があるので周辺を開拓することに。
適当な湧水とか水源とかを回っていたらあっという間に時間に。急いで戻ったら、すでに駐車場には車が埋まりつつあり、
続々とお客さんが入ってる。えぇ!まだ開店して10分だよ?
適当な席に落ち着きオムライス(700円だったかな)とだんご汁(530円だったかな)を注文。このだんご汁がくせ者で、
価格の割に軽く2人前ぐらいの分量で出してくる。
待つこと10分。オムライス到着。
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そして、だんご汁到着。
この辺の風土に詳しい人なら違和感を覚えたはずである。
だんご汁ってのは大分の呼び方で、熊本ではだご汁って呼ばれてる。原材料はほとんど同じだけど、入っているだんごの形が違う。
大分スタイルは写真のような平麺みたいなので、熊本スタイルはだんご生地を引きちぎったような形になる。
ここは熊本県産山村。なのに、出てきただんご汁は大分スタイルである。
僕は麦味噌に目がない。だんご汁は日本を代表してもいいぐらいの汁物である。(ほうとうは食べたことない)
自家の畑や周辺でとれる野菜や山菜がこれでもかって言うぐらいに入っていて、夕食でもこれ1杯で満足できるはず。
オムライスは説明不要。やまなみに来てオムライスといえばここしかない。まぁこれって、梅田にうどんを食べに行き「はがくれ」
に入るのと同じようなもの。ほかにもうまい店は山ほどあるはずだ。でも、僕は山水亭には必ず一度足を運ぶようにしている。
やはり多かった。
胃がパンパン。席を立つのがつらいぐらい。並んでる人もいるので、必死で食べて会計を済ませて外に出た。すでに行列ができてた。
まだ11時ぐらいなのに。
僕は車に戻って、先ほど開拓されたばかりの湧水のところまで行った。
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んで、歯磨きしたりして。いやぁ、もう、うがいし放題。水は思いっきり冷たく、ちょっと山の味がする。
飲用できそうだったけど念のためパスした。
歯磨きを終えて次の目的地を設定。
大分県の八丁原地熱発電所である。全国発電所マップを作ったら、必ず大分県は地熱発電があげられる。それもそのはず、
地熱発電でもっとも高出力なのが八丁原地熱発電所。九電も相当気合いを入れてPRしてる。なので、発電所内を見学することができる。
以前、嫁さんの実家のお父さんに連れて行ってもらい、目をつけてた。デジタルカメラでデータを取得しておこうという目的と、
工場萌えな方たちに萌え萌えな写真をたっぷり提供しようというのが目的である。
で、この発電所を撮影するに当たって、定番撮影スポットというのがある。詳しい場所はいえないのだけど、本来の行き方ではなく、
ちょっと遠回りをする感じで細い道を行けば出会える。
そのスポットからは発電所を一望でき、冷却塔から吹き上げる蒸気をのんびり眺めることができる。
僕は再び山水亭の前の道に戻り、池山水源前の道からカルデラ内へのびる道へ右折。しばし、路肩に車を置いて牛を眺めたりした。
ポイントはこちら。僕が阿蘇のカルデラを撮るポイントが集中している地点で、
やまなみを走らずにこのルートをあえて選択している。
しばらくぼけっとしてやまなみハイウェイへ。ちょっとややこしいけど、ここを左に入る。すると、さっきの道と合流して、やまなみに入れる。
瀬の本を経由して発電所へ。途中で写真を撮影。
![]()
発電所に入って案内棟で受付を済ませたら、塩をもらう。記念品。「クリアファイルは終わったんですか?」って聞いたら「もうないです。 」とのこと。便利なので愛用している。
視聴覚室に入ったら案内のビデオがちょうど終わったところだった。案内係が模型を使って発電所の概要を説明していた。 この説明が終わればいよいよ発電所内の見学である。
見学のルートは少し変わっていた。
所内の要所要所にある看板を利用して設備の概要を説明してから見てもらうって感じで進んでいく。
技術的には蒸気を分離する装置が目玉なのだろうけど、迫力があるのはなんと言っても冷却塔である。
![]()
冷却塔は塔上部に発電に使われたお湯をくみ上げ、一気に落とす。そうすることで70度のお湯が40度ぐらいにまで下がる。
こうして冷まされたお湯はまた、地下に戻される。
極太のパイプなど工場萌えな方たちが喜びそうな写真を撮っていく。
![]()
次の目玉はタービン室である。
入る前に建物の概要の説明がある。中はうるさくて話すことができないのだ。
京都と同じような景観条例があり、あまり建物を高くできない。そのため、地上高を押さえる代わりに、地下に相当深く掘り下げたらしい。
また、建物の配色に関しても自然と調和する色と規定されているので、ライトグレーに統一されているのだそうだ。
あんなすごい蒸気をあげていて調和もへったくれもないと思うのだけど。
タービン室に入って、タービンの周りをぐるり。今回は予備のタービンローターが展示されてあった。
コントロールルームも撮る。といってもここは無人。すぐ近くにある別の発電所からリモートで操作されているのだそうだ。
建物を出て解散。
車に乗って来た道を戻り、再度発電所の全景を撮影して 長者原へ。おみやげとソフトクリームを購入してしばらく休憩。
遠景はモヤモヤで撮れないだろうなと思いつつも、気になるのでまた阿蘇山に向かう。しかし、玉砕。
いこいの村で風呂を借りて、いつものコンビニで夕食の買い出しを済ませて、大観峰へ。
涅槃像もモヤモヤで話にならん。ゴソゴソと食事を作って、さっさと寝た。
明日こそ晴れろと。
--
つづく。
2005年5月13日
九州撮影レポート3
前回は大観峰での朝だったな。
よし。140ページを開いて。竹内。16行目から読んでくれ。あ、そうだ。妊娠おめでとう。
5月4日 6:00 START
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根子岳を裏側から狙うってなんなのよと突っ込まれたので一応説明。
僕がいつも見る大観峰からの根子岳を「表側」。逆に熊本市や高森から見る根子岳を「裏側」っていってます。
後述しますが、根子岳を狙う人は「裏側」を攻める傾向にあります。
ということで、今日の目的は根子岳を裏側から狙うこと。
事前にmixiで阿蘇関連の情報を調べてあったので「あのあたりから狙うのがいいはずだ」と目星をつけて出発。ミルクロードの峠をものすごい勢いで下る。
そのまま登山道方面へ向かうが、右折すべきのところをどういう訳か左折してしまう。
「うわ。やってもーた。」と思うもつかの間、いつものセブンイレブン(※いつも立ち寄るコンビニ。この近くに阿蘇登山道への抜け道がある)
が見えたので、そっち方面から山頂へアプローチすることに。
わざわざ山頂に立ち寄るのは、単に時間が早すぎたということと、どうせなら撮影スポットを経由していった方がいいという理由による。
早朝なので登山道はびっくりするほど空いていて、あっという間に草千里展望台へ。ところが、遠景はかすんでいてあまりおもしろくない。
車をとめるもなくそのまま草千里に向かう。
草千里に放牧されている馬が道路まであがってきていて、駐車場の草を食べてた。この道は牛馬優先。こいつら、
それだけにとどまらず結構遠くまで足を伸ばしているようである。なぜなら、草千里をすぎた後の道路に、新鮮な馬糞が転がっていたからである。
早朝の有料駐車場はタダで利用できる。
山頂まで向かう道を進み、途中から高森方面へ折れる。一気に道を下って、さっき走った国道に合流。このまままっすぐ道なりに進むと、必然的に根子岳の裏側に到達する。
ここにきて興味本位で「日ノ尾峠に行きたい」と思い始めた。日ノ尾峠はちょっとした集落を抜ける必要があり、初めて行くには敷居が高い。
一旦は集落に入ってみるものの、日ノ尾峠への道がわからずに、またガソリンがやばいので元の国道に戻った。
ガソリンを満タンにして、国道をぐるっと根子岳を巻くようにして進んでいくと「鍋の平」と書かれた看板があったような気がした。
どれも左手を指している。
根子岳と高岳の位置から、何となく鍋の平の方角を予測し「おそらくこれだ」という道に入る。
案の定、少しして鍋の平はみぎだよ。と看板が出た。すかさず右折。
しかし進んでいくととんでもなく道が狭くなり、しかも前からトラックがきていたのでたまらず右折。たんぼの横に車を置いてしばし休憩。
今回のレポートには地図へのリンクがあるので、見ている人は「なぜ鍋の平を前にして、休憩しているのか」と疑問に思うだろう。
お答えしよう。
僕は地図を持っていなかったのだ。PC内蔵の地図はあれど、あまりにも簡易的すぎて使えない。
(GPSにウェイポイントを設定しておけよという声が全国から聞こえてきそう)
GPSで緯度と経度はわかる。コンパスがあるので進行方向もわかる。
あとはボーイスカウトで鍛え抜かれた位置関係を把握する勘と経験と独断と偏見による。
道が狭くなると言うことは、その先何があるかわからないという不安が募ってしまう。無理していって帰らぬ人になってしまうには、
この先の人生を考えるとちょっと惜しい。
田んぼの側溝にうじゃうじゃいるオタマジャクシを眺めていたら、さっきの細い道からバイクが1台出てきた。
明らかに地元じゃない。その道の先には「何か」があることを示していた。(行き止まりなら、まずその道に入っていくバイクを見るはずだから。
)
車に乗っていざその細い道にチャレンジ。1.25車線ぐらいで暗峠に比べたら屁でもない。集落を抜けて山林に入った。
そして林を抜けると…鍋の平があった。
さらに奥に進んでいくと、日ノ尾峠に向かう道があったのだけど、門で閉ざされていた。
僕は戻って根子岳を狙うポイントを見つけ、雲が晴れるのを待った。
機材をポイントまで運び、三脚をセットアップしてGPSで撮影地点を登録(デジカメで写真を撮ったら勝手に登録される)。
撮影作業に入った。
結局雲は晴れず、モヤモヤの中での撮影になった。撮った写真はこちら。
撮影していたら、少し離れたところからこちらを見ている初老のおっちゃんがいることに気がついた。
ジリジリと間を詰めてくるおっちゃん。ついに僕の横にきた。「それは、アオリですか?」と聞かれた。
「アオってないですけどそうですよ。」と。僕は牧場の門の前に陣取っていたので、てっきりその管理者が
「邪魔だから撮ったらさっさと逝ってくれ。」と言いにきたものだと思っていたら、このおっちゃん、すぐ近くに山小屋を所有している人で、
年中通してよく鍋の平でリゾートライフを満喫しているのだそうだ。
それならばといろいろ情報を聞き出してみた。おっちゃんは話し好きでどんどん教えてくれた。
「年中を通してこのポイントから根子岳を狙う写真家がいる。」「どうやってこんなところ見つけるんですか?」「え?適当?」
「もう少し早ければ、山桜がとの対比が美しいですよ。ほら、左手のあの並木は全部山桜なんです。」「撮影に適した時期というか、4月、
9月あたりはいいですよ。」「日ノ尾峠?あの門は牛が逃げ出さないためのもので、通行者は開け閉めできますよ。」
グッジョブおっちゃん。
おっちゃんと別れ、僕は機材を撤収して日ノ尾峠を越えることに決めた。
おっちゃんの言うとおり、門には「あけたらしめてね」と書いてあった。
自重で勝手にしまっちゃうので、三脚をかませて車を通し、きっちり門を閉めた。ナイスなロープワークを施す。ところが、
車を出そうとするときに別の人らがまた門を開けてしまった。がるる。
のどかな牧場風景ななかを車で行く。路肩に車を置きにくいので写真とれなかったのが残念だけど、結構みんな入っているみたいで、
ちょっとした広い場所には車がすでに置かれていて、周りを散策する家族連れなどが目立った。
少し走ると開けた風景から一変。山林の中を行く。
道路のすぐそばで牛が草を食べてる。手を伸ばせば届く距離にいる。レンズを向けて、距離感をつかみやすくするためにわざと車窓を構図に取り入れて撮影。
道は細いけど対向車が来ることもなく、あっという間に日ノ尾峠に到着。駐車スペースは車とバイクでいっぱい。
ここから高岳へアプローチするルートに看板が掛かっていた。
例の「中岳火口から1km圏内は立ち入り禁止ですよ。」っていうのと「高岳に残置してあったザイルは、安全上の観点から全部処分したので、
これから登る人はザイルが必要ですよ。」ってのだった。まぁ、すぐにザイルだらけになるんだろうけど。
車がおけないものだから、そのまま下ってしまうことにした。
下りきったらそこは宮地駅のすぐ近く。「こんなところに出るのか。超便利。」
と僕は山水亭で早めの朝食をとることに決めた。
--
つづく。
2005年5月10日
パタパタ宇宙人
仕事で右脳鍛錬系のゲームを山ほど作っているところなんだけど、サンプル動作させたところでおもしろかったのではっときます。
窓がパタパタ開け閉めされてその中に宇宙人の絵が出たり消えたりするってだけです。
延々動き続けます。
2005年5月 9日
九州撮影レポート2
昨日の記事に写真追加してあるよ。要チェキ。
前回は警察に止められたところまでだったね。それじゃ、教科書132ページを開いて。山田。3行目から読んでくれ。
5月3日
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路肩には警官数名と、明らかに警官じゃない人が並んでる。
で、車に向かって何か言ってる。
この時期のやまなみハイウェイ周辺では、ヘリを使った一斉検挙が行われることがあると聞いたことがある。でも、今まで実際それにあったことがない。
イエローカットしたわけでもなく、ベルトもしてるし、スピードはそこそこ乗っていたとはいえ検挙されるようなものでもない。でも何となく悪いことをした気がするな。ごめんよ。ゆるしてよ。
と思っていたら、おばちゃんが僕の車の助手席の窓から手を突っ込んで「この道路事故が多いので気をつけてください!」とかりんとうを手渡した。
「どうも。」と。何のことはない。交通安全キャンペーンだっただけであった。
前を見るとひろさんが手渡されたかりんとうをどうするかで困っていらっしゃる様子。そりゃそうだ。車の人は適当に置くところがあるものの、バイクはそうはいかない。
隊列を組み直し、瀬の本を目指す。
途中、阿蘇の山を一望できるところにでた。ファームロードの一番の見所であろう。
黒川温泉を通過して、瀬の本へ。ここで我々は驚愕した。
バイク大杉。洒落にならないぐらい。
相当のキャパシティを持っている瀬の本三愛レストハウスがバイクに埋め尽くされている。
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![]()
車はおろか、バイクすらの置き場所もなく、駐車場内をみんなで彷徨う。O氏は見切りをつけてさっさと目的地に行ってしまったようだ。
バイク部隊と合流しO氏の待つ地鶏屋さんへ。
地鶏やさんは久住花公園をちょっと折れたところにある。ところが、周辺の道が少し変わっていたため(僕もすっかり忘れていた)少し道に迷う。
でも、ちゃーんとありつけたよ。
![]()
軽く自己紹介などしつつ地鶏を味わう。
先行バイク部隊も例の警察に止められて「おわた…おわたよ…」と思ったらしい。
あんなことされたら安全運転したくなる。ここは大分県警の作戦勝ちといえよう。
地鶏の後名刺交換などさせていただき、僕は皆と別れて阿蘇のカルデラの中へ。
普段撮影する場所など、1年前と変わりないかどうか下見を行う。
![]()
いつ見ても変わらぬ透明な水に感激。水6.5リットルをいただき、阿蘇の登山道がどうなっているかを確認しに向かう。
![]()
案の定、立ち入りが制限されてあり、各アプローチルートもしっかり閉鎖されていた。
一通り下見を終え、さすがに眠くなってきたので野宿ポイントの大観峰へ。
インターネットや携帯電話の接続を確認し、風呂を借りにレゾネイトクラブくじゅうへ。その後山水亭に寄ったけど材料切れですでに閉店。
仕方なくチリトマトヌードルを作って、満天の星空を眺めながら食べた。
星座早見表をそのまま空に転写したような見事な夜空は、大阪では決してみることはできない。
バーナーや鍋を車に収納して、ダウンを着てゴアジャケットを膝掛けにして寝た。
数時間後目が覚めた。
めちゃくちゃ寒い。
ゴソゴソとシュラフを出して、もう一度寝た。
しばらく朝焼けの世界を狙ってみた。
同業者がいた。
彼らはしばらく同じ景色を狙っていたが、すぐにいなくなった。次のポイントへ移動したのだろう。
僕は僕でこの日は根子岳を裏側から狙う計画だったので、早々に撮影を切り上げ、出発することにした。
--
まだまだ続くよ。
九州撮影レポート
何日も家を空けておいて、サイトの更新も仕事もすっかりさぼって、何も得たものがなければぬっころしますよと言われるのもアレなので、 レポート書きます。
今回の旅の目的は主に3つ
ひとーつ:九州での写真撮影。阿蘇とか阿蘇とか阿蘇とか。
ふたーつ:九州のクリエイターさんたちと親睦を図る。なんと、あの廣鉄夫大先生(詳細後述)とアポが取れた!
みーっつ:嫁さんの実家に届け物などをする。
です。
行きも帰りもすべての移動も車車車です。
九州はバイクで行くのが一番なんですけど、今回はカメラ機材を満載しているせいもあり、車です。
次はポーター雇ってでもバイクで行くぞ。オラオラ。そこのけそこのけ鉄馬が通る!
では、レポート開始です。
5/2 19:00 START
--
必要な機材、食料、その他諸々を搭載していざ出発…と思ったら、FOMAをPCに接続するケーブルを紛失しているのに気がつく。
これがないと九州からデータを送受信できなくなり、結果として仕事の連絡が取れなくなってしまう。
現在抱えている案件をほったらかして旅に出るのもまた乙なものだけど、信用をどぶに捨てるのと同じ事。急いでケーブルを買いに、
梅田ヨドバシに行く。
ところが在庫切れ。代替のケーブルも在庫切れ。近隣のドコモショップでも在庫切れ。いきなり万事休す。
嫁さんの手厚いサポートもむなしく、データ通信ができないといういきなりの大トラブルに、柴田1丁目交差点でしばし立ちつくす。
はっ!あの手がある!
僕は急いで携帯電話売り場に走った。
実は以前mixiである人が購入していた「b-mobile」
というPHSと無線LANの接続キットを思い出したのだ。実は撮影が集中するこの5月〓6月のために購入を検討し、
エリア関係までリサーチが済んでいて、阿蘇周辺ではどこで使えるかなどは全部頭に入っていたものの、
29800円という高額なイニシャルコストを前に導入に踏み切れずにいた。
今こそそれを手にするべきではないのか。
僕は手近な店員をとっつかまえて「b-mobileくれ。」と言った。しかしよくわかっていない様子。近くのポスターを指さして「これ。
これくれ。」と。
b-mobileのすごさはお金を払うだけで面倒な手続きなく、即使用が可能な点にある。
購入後5分ほどでネット接続のテストを終え、僕は急いで阪神高速に乗った。
時間は20:30過ぎ。いきなりのタイムロス。
12時間後には佐賀県の基山PAにいなければならない。
仮眠も含めて、そこまで行けるのか。
阪神高速池田線から中国道へ。
割と混んでいる。スピードはあえて口には出さないけど、バイクで行くのとあまり変わらないペース。
神戸JCTから山陽道へ。順調にコマを進める。
22:18に吉備SAに給油に立ち寄る。念のためコーヒーを購入。思ったより眠気はない。
b-mobileはウィルコムのネットワークを使用する。なので、ウィルコムのPHSが使えるエリアだと基本的にネット接続が可能である。
気になったのでテストしてみたらうまくいった。
ガソリンを満タンにし、スタートする。
スピードに目を慣らしながら徐々にペースを上げていく。
時間が過ぎるごとに車の台数も少なくなっていき、いよいよ僕と長距離運送のトラックだけになってしまった。
交通量が比較的多い山陽道とはいえ、深夜に走る物好きはそうはいない。
トラックは道交法の改正を受けてあまりスピードが出ない仕組みになっている。ところが、ものすごい勢いで迫ってくるトラックが1台いた。
登りでは僕に部があるものの、平坦から下りになるととんでもないスピードで迫ってくる。あげくに右ウインカー(邪魔だからどけ。の意)
である。
僕はこのトラックをスケープゴートにしながら進むことに決めた。オービスのあるポイントではきっちりスピードを落としてくる。プロの仕事だ。
このトラックと分かれる頃、僕は山口の徳山にいた。広島県をすっとばしてしまった。初めての経験である。
「次のSAで寝るか。」と看板を探してみたら、次は美東SAとある。本州最後のSA。
「へ?じゃ、もう中国道と合流するわけ?」自分でも信じられない。
中国道と合流すると、道路のレベルが一気にあがる。山陽道は設計が新しく、直線的かつ広い道路なのだけど、
中国道はクネクネで車線も狭い。それまでと同じペースだと間違いなくお空の星になってしまう。
たまらずペースを落とし「美東ならもう、このまま壇ノ浦に行ってしまおう。」と決意。
1:28。壇ノ浦PA着。
5/3 5:00START
--
日の出とともに目が覚めた。
目覚めた瞬間に運転を始めると、眼筋がうまく動かず、見えるものすべてが2重になってボケボケになる現象に合うことがあるので、
しばらく散歩して体を起こす。
![]()
↑寝ぼけて写真撮るとこんな感じ。
関門海峡の海流を眺めたりして「とりあえず基山まで行って、もう一度寝るか。」と出発。
↑朝日とともに動き出すのよ。
6:00ぐらいに基山PA着。
しばらく寝る。
廣鉄夫大先生からメールがあり「ちょっと遅れます」とのこと。
基山には九州のクリエイターさんたちが集合する事になっているのだけど、面識がないので誰が誰なのかわからない。
8時過ぎ「すいません。はげさんですか?」とバイクウェアの男性に声をかけられた。ひろさん以外もう集まってるらしい。
輪に入れてもらってすぐにひろさん着。
メンバーは僕とひろさんとひろさんのお仲間4名。この中にはgrapeさんもいる。
ひろさんは以前から雑誌などで知っていたので、すぐにわかった。
ここで廣鉄夫大先生について軽く解説。
僕はDirectorというソフトを使ったアプリケーション開発をする人なのだけど、廣鉄夫大先生は元々Directorの開発元、
マクロメディアのサポートの方で、Macromedia authorized
supervisorっていう何ともかっこいい役目を担っていらっしゃった。
Directorのインストラクターを養成するインストラクターである。つまり先生の先生。大先生である。
ひろさんと組んでいたのがあの高木敏光氏。お二方のコラボレーション作品には、東京フレンドパークの“んごぼこ”がある。
僕の業界では超有名人です。
じゃーいきますか。と出発。
鳥栖JCTから大分道日田ICまで。
日田ICから一品館(一村一品運動の一品ね)。ここで別のクリエイターさんO氏と合流し、皆でファームロードをひた走り瀬の本を目指す。
バイク3台、車3台の変わったメンバー。
ひろさんを除くバイクチームは途中から先行部隊として先に行き、僕らはのんびりと山道を行く。
サクサクとコーナーを抜けて、坂を下ったところで異変。
警官が「とまれ」の旗を持って立ちはだかり、僕らを路肩に寄せた。
--
写真も含めて続きはまた明日ね。
2005年4月24日
ふっかーつ
復活しました。
本日、修理が終わったマシンが送り届けられました。
もうね、絶対GWにかかってしまうと思っていて、新しいマシン用意してたんですよ。まだ届いてないんですけど、
やっぱり似たようなスペックのマシンをバックアップに持っておくべきだって思いましたよ。ええ。
普通の人から見れば「ノートPCを二台?」とびっくりするかもしれませんが、プロの世界では同じ機械を2台以上持つのは常識だったりします。
たとえば、あるカメラの故障の発生確率が1%だったとします。これを1台だったら、故障で困る確率も1%。ところが、
2台だったら1%のさらに1%なので、故障して困る確率は0.001%になります。機械を1台買い増しするだけで、
トラブルの確率はぐんと下がります。
新しいマシンが届けば、今使ってるこれはバックアップマシンになります。仕事上のデータはセカンドHDDにセットして、 それさえ差し替えればすぐに作業の続行が可能になるように、これから作業環境の改善を行います。
もうね、Blogの更新は遅れてるわ、WEBサイトの更新もできないわ、仕事の進捗も滞るわで「どうすんだよ俺!つづく!」
って感じでした。
今から巻き返しを図ります。
2005年4月20日
IBMタイマー
巷ではSONYタイマーなんてものがあるといわれていますが、これ、保証期限が切れたときに限って故障するっていうマーフィーの法則みたいなやつです。
IBMにはタイマーはないです。必要に応じて保証を延長できるから、タイマーなんてあっても意味ないです。ただ、液晶の冷陰極管は割と早く寿命がくるので、延長保証は定番アイテムです。
さて、そんなIBMが新機種を発表しました。
ThinkPad T43p。45万円。
僕は今、T40pってのを使っています。そのときの最新技術をふんだんに贅沢に使ったマシンです。
なので、価格もぶっ飛んでます。性能優先で重さも相当あります。
修理に出すときに限って新機種です。
そろそろやっぱりダメかなって時に限って新機種です。
そう、これこそIBMタイマー。
機械が壊れるというよりは、ユーザーの自発的な買い換えを促すという、実に巧妙に仕組まれたマーケティングです。僕に限っての話です。
では、慣例にならってT43pをかごにいれて、チェックアウトしましょうか。と。
ところが、僕も馬鹿ではない。これまで3台もの最強マシンを買い換えてきて、IBMへのお布施の額は相当なものになっている。
最新機種は買ってからもお金がかかるのだ。
まずはメモリ。PC2-4200というちと速いタイプのものを買わないといけない。
ベースクロックが533MHzというSonomaと呼ばれるプラットフォームのさらに一番速い2.13GHzのCPUにはくらっとくるけど、別にベースクロックが400MHzでもかまわない気がする。僕のT40pは333MHzだ。
次に画面。15インチ超でUXGAが表示可能というのは非常にありがたい。
しかし、これらの大画面、高速処理を実現するために、たくさんの電力を必要とし、バッテリー持続時間は大型バッテリーを使ったとしても6時間持たない。
これは致命的。
14.1インチにしてもあまり良い結果とはいえない。
最強だけど、久しぶりに食指が動かないマシンに出会えた。
据え置き主体で作業する人には良いと思うけど、割とモバイル的な使い方をする僕にはちょっとつらい。
モバイルならXシリーズだろといわれるけど、ハードディスクを2連装できない時点でアウトである。
ディスプレイは14.1インチでいい。現時点で最速でなくていい。今の環境をよりよくした形で、6時間以上のバッテリー持続時間がある(公称値でかまわない)ものがいい。できるだけやすく。
と調べてみたら、旧T42pの14.1インチモデルの指紋認証なしってやつが270000で出てた。
うわ。これで十分すぎ。無線はa/b/gだし、DVDマルチドライブがついてる(←いま一番欲しい)。
ウィッシュリストにいれとこ。
2005年4月19日
しごとにならん
PC死亡でバックアップマシンやスペアマシンを繰り出すも、なかなか思うように仕事ができない。
そりゃそうだ。環境が違いすぎる。
Macromedia系ソフトをバックアップマシンにインストールして、インストール可能回数を使い切ってしまう。
とりあえず、修理を急がなければならないのにIBMのサポセンがのんびりしてやがる。普段は手厚いサポートなのに、なぜか今は超のんびり。部署間の電話を繋ぐだけで「明日になる」とか宣う。
こんな会社に保守契約費用を支払っていると思うと、馬鹿らしくなってきた。
ともあれ、メインマシンが使えないのでは話にならない。
スペアマシンでも撮影データの管理はできる…と思う。しかし、できるのはそういった外部のファイルの管理とメールとネットぐらいで、モバイルでの仕事ができる可能性はゼロに近い。
仕事が滞ると信用問題になる。お金に替えられないものだけに、それが一番痛い。
今ある仕事を優先して、GW九州ロケを中止するか、九州ロケも大切だから、なんとしてでも仕事マシンを手にして九州に向かうか。
ACSから「送料高いけどどうすんの?」ってメールが来たから。「OKOK。ノープロブレムだよ。」と(さっさと遅れ!)という気持ちをたっぷり込めて返信しておいた。
このファンは保険である。もはや、IBMサポートは当てにならない。だからといってThinkPadはやめられない。
ジレンマである。
仕事の体制も、考え直す良い機会だと思う。
2005年4月18日
ThinkPad 死亡
悲劇はあまりにも突然に訪れた。
喜劇とともに。
実は前々からThinkPadの冷却ファンが怪しかった。カラカラと音が鳴ることがあり、ひょっとしたら故障かもと思っていたところだ。
僕はThinkPadの宅配修理型保守契約を結んでいるのだけど、手元からマシンがなくなるのが嫌で、多少の故障には目をつぶっていた。
ファンもカラカラいう程度ならまだ我慢できる。
先日、ちょっと音が大きくなってきたので、分解してホコリなどをとばした。そしたら、今までホコリがクッションのような役目を果たしていたらしく、音がさらに大きくなってしまった。
僕は何も言わず、そのままACSってサイトでThinkPadのパーツを注文した。
パーツが届くまで持ってくれればいい。そう願って。
今日は職場だったので、マシンは机の下にたて置いて、ネットワーク経由でリモート操作させていた。
午前は何とか持ちこたえたのだけど、午後になって一気にファンが故障。何ともいえない爆音と、心地いいバイブレーションを披露してくれた。
うるさいのでとりあえず電源を落とし、IBMのサポートセンターに連絡。
出張修理は「2万円かかります」とのこと。
背に腹は代えられない。新しいPCを用意すると軽く40万近くすっ飛んでいく。
IBMには出張修理をお願いする方向で、調整してもらうことにした。
仕事が終わりかけた頃、IBM担当から連絡。するとこんなことを言う。
「すいません、先ほどの担当者が価格を誤ってお知らせしてしまいまして…」
「はぁ。」
「実際はですね
出張費用が47000円
部品代が9800円
交通費は実費
それに加えて、作業が1時間以上に及んだ場合、6分ごとに3800円追加されます。」
と。
作業の時間なんて担当者のスキルに左右されると思うのだが。こういうものなのか。
「先ほどおっしゃっていた金額とあまりに違いすぎるので、ちょっと考えさせてください…というか、お断りします。」
「さようですか。」
「これ、仮にクーリエで修理を依頼した場合、期間はどれだけかかりますか?」
「私どもではお答えできませんが、平均として10日~14日かかります。」
おいおい、九州に間に合わないよ。
電話を切って悩んだ。
一か八か修理に出すか(もっとも安価)、アメリカからのパーツ到着にかけるか(本命)、爆弾抱えて撮影にでるわけにもいかないから、涙目で新しいPCを注文するか(非現実的)。
今も悩んでいる。
とりあえず、もうすぐアメリカの朝だから、ACSからの連絡を待って、対策を考えたい。
今は仮作業PC(自宅仕事場で1年中稼働しているサーバーマシン)に制作環境を一部移転し、最低限の仕事ができる環境を整えている。
すでに、ThinkPadのセカンドHDDをUSB経由でセット。
このサーバーをリモートで操作するために、実家に貸していた旧愛機であるT22を持って帰ってきて、いまWindowsXPをクリーンインストール中。
そしてこういうつらいことは重なるもので、バイクのHIDライトが帰宅中に死んだ。ハロゲンに戻さないとダメである。
金銭的に余裕を持たせないといけないのに、この仕打ち。何か仕組まれているんじゃないかとさえ思えてくる。
立ち直れない。
2005年4月11日
英語ができない
当番で、イギリス人と組むことになったが、分担を決めないといけない。
しかし、それを説明するような英語力があるわけもなく、困り果てた僕は1週間の表と、作業内容を絵にして書いた。
僕はピクトグラムオタクだ。ピクトグラム風の絵をゴリゴリと描く。
彼の元に行き、たどたどしい英語で説明すると、表を見て理解してもらえたようだ。
「これ、描いたのか?うまいな。」と褒められたりもして。
英語力をつけるのは大切だ。
でも、コミュニケーションをとる道具として、絵を描いたり、ボディランゲージができることも大切なんだと思った。
2005年2月 7日
OCRソフトを買う
一生使う事がないだろうと思っていたOCRソフトを買った。
仕事で入力するデータがあまりに膨大なので、活字だったのをいい事にOCRにかけてみようというもくろみである。
EPSONスキャナについてきた読んde!!ココってやつのアップグレード版を購入。
早速帰ってインストールしようとしたら、対象製品のCDを入れろと言う。
ゴソゴソと資料入れから対象製品(スキャナ付属のCD)を出してきて、ドライブに突っ込んだ。
ところが、様子がおかしい。
僕はノート用のCDドライブにディスクを入れるときは、カチって固定してから、軽く回すのだけど(きちんと入っていないと回らない。
強引に突っ込んだら故障するし)、うまく回らなかったのだ。
でも、ちゃんと固定されている。でも、うまく回らない。
なんじゃこりゃ?としばらく悩んでいると、そのCDの中心付近に謎の大きな傷が入っているのを発見。
傷というかひび割れ。それが原因でCDが見事に反ってしまっていた。
このため認証ができず、インストールもできなかった。
やばい。資料を急いで入力する必要があるのに、ここで大きなタイムロス。
幸いにもライセンスキーっていうものをもらってインストールする方法があるとかで、ソフト会社に請求を出しておいた。
「ちょっともーはよして!パーティーいかなあかんねん。」と書き加えておいた。
物欲の殿堂、ヨドバシカメラでソフトを買ったのだけど、結局購入後2階でポートフォリオ用(ブック用)ファイルを買ってしまった。 2つも。ファイルのくせに合計8000円。
2005年1月10日
一段落
超弩級急ぎの仕事を片づけていました。
Photologの更新は今日まとめてやります。
2005年1月 5日
不幸の始まり
昨年末にガソリンを入れられなかったので、出勤前にバイクをGSへ。
ハイオク満タンを指示してしばらく待つが、店員がなんだかあわただしい。
客は僕だけ。
店員は2名。
「出ない…」
「下りてこない…」
って声が聞こえてきた。
年始早々遅刻して、理由が「ガソリンスタンドで…」などと言ったら笑われてしまう。
何事も初めが肝心。(といいながら終わりよければすべてよしである)
店員が「すいません…ハイオクのポンプが壊れてて…」
2004年12月15日
PSPで仕事が変わる
僕みたいなデスクワーカーは、常に単調なリズムの仕事なので、リフレッシュが非常に大切だったりする。んで、今まではDVDを見たり(結局エンディングまで集中してみてしまう)、写真いじったり(とどまるところを知らない)、買い物してみたり(カゴ入れまくり)、エースコンバットやってみたり(墜落しまくり)してたわけですが、どれもこれもリフレッシュするのに中途半端であったり、何らかの準備が必要だったりするので「ホントに効果あるのかいな」と思ってたんです。
でも、PSPが来てからは変わりましたよ。
だって、椅子で伸びをする感覚で、手元に置いてあるPSPのスリープを解除したら、わずか数秒で前回までの画面が復帰。そのままストーリーを続けられるんですよ。
リッジレーサーズをやりこんでるんですが、レース途中でポーズしたままスリープ…なんてのもあり。
次の休憩でドリフト途中からスタートなんて言う藤原とうふ店もびっくりのテクニックが使えます。
携帯ゲーム機だから当たり前といえば当たり前なんですが、生活のリズムの中で見事シームレスに移行できるようになってるってのは本当に頭が下がります。
開発者グッジョブです。
なので、いまのリフレッシュはもっぱらPSP。
みんゴルで9ホール回ってみたり(1ホールじゃ満足できないから)、リッジで1ツアー回ってみたり(1コースじゃ満足できないから)と言った感じでやってます。
仕事の進み具合は以前と全く変わってないというのは内緒です。リフレッシュの効率だけ微妙に向上しています。
あしたはもじぴったんのPSP版の発売日です。
2004年12月 9日
耐寒訓練
嫁さんの友人から仕事の依頼。京都の某所までバイクで行くことになった。
仕事終わってから下道で行こうと思っていたら、別のクライアントのサポートが入ったため高速で移動することに。
ところがどういうわけか、当日の服装は「初秋~秋ぐらいに使うような長T+登山に使うゴアカッパ(1レイヤー)」という2枚だけ。布の厚さだけ調べても5mmもいきませんよ。ゴアなんてフィルムですもん。
寒すぎるだろそれ。
長Tはですね。うちの職場では暑すぎるんですよ。場所によって温度差があるらしくて、僕の席で涼しくしたら他では寒すぎるとかで、面倒なのでエアコンは触らないことにしてます。そしたらすごいの。チョコレートとか置いてるだけで溶ける。よくそんなところで涼しい顔して仕事できるなお前らってね。
まぁ、そんな感じで後先考えないで薄着できちゃったんですよ。あーあ。凍え死んでも知らないっと。
2004年10月20日
T様
普段からこのBlogに登場していたT様の正体をやっと明かせるときが来ました。
大阪を中心にカレーうどん・カレーライス店を展開している、得正さんです。
現在オープンしている全52店舗の詳細な情報(2店舗は基本情報のみ)を提供しています。
各店舗ごとにメニューが異なっていたりするので、色々なお店に行ってみるのも楽しいです。
大御所と飲む
mixi で佐分利氏と知り合った関係で、大阪宴会というものに呼んで頂いた。
で、「おしえてFlash」の著者のまつむらさんとか、かさいさん(席離れてて全然話せなかったけど)、Dreamweaver系では右に出るもの無しの植木さんとDirector使いで知られるよしださん(実は同い年)、内藤さんと会うことができた。
人生変わった。
佐分利氏はNikonの17-55/2.8のズームレンズを見せてくれた。
「1本22万じゃないですか。僕にはかえないっすよ」と言う僕に対して「安いところじゃ16万ぐらいだってば」とプッシュ。うぬぬぬ。
ズームは使わない主義であるが、D70の広角系をカバーさせるならおそらくこのレンズになるであろう。
対抗してこちらはハッセル+ポラバックで攻めた。ポラバックは露出チェックに用いるのだけど、最近はデジカメでそれをやってるので、本来の目的とは違った用途でよく用いる。
ハッセルに興味を示したのは意外にもまつむらさん。ハッセルが似合う男である。
照明が厳しく、ストロボを持っていないため、ISO125、絞り2.8開放、シャッタースピード2秒というとんでもない条件で8枚ほど撮影。ポラなので多少ぶれても大丈夫。
皆さん喜んで頂けました。
また行こう。次は神のレンズを持っていこう。
2004年9月27日
ぼうぼうぼうぼうぼうぼう
死ぬほど忙しいっす。
誕生日も打ち合わせに行ってました。
今日も打ち合わせでした。
明日〆な仕事があります。
T様の仕事もいよいよ大詰めです。
寝るまもなく、ついにドリンク剤を飲むことにしました。
とりあえず、眠眠打破。清涼飲料水。
おいしくないけど、まずくもない。
いずれタウリン系に手を出すんだろな。
誕生日メールをいただきました。
出してくださった方にはこの場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
2004年9月19日
2004年9月13日
最終決戦
友人が働くテクニカルな会社からいただいたコンペ案件。今夜がピーク。
最終ミーティングとイメージの統一を新大阪のドトールで済ませ、急遽撮影を友人がいる会社で“手タレ”を使って撮る。
明らかに社外の人間がふつーに会議室に出入りしているという変わった光景。もう何度もいってるのでわかってくれてるとは思うけど。
動作部分で色々問題を抱えるも、デザインの詰め直しなどいくつかの修正点でおそらく明日早朝に納品を完了する予定。
ガンガン行きます。
2004年9月10日
ミッション:短納期で大規模印刷物を制作するフローを考えよ
小中学生向け右脳鍛錬ゲーム100個を作って、ほっと一息ついていたら次はこんなの。
色々大変らしい。
納期を短くしたいのなら、レイアウトやスタイルシートを統一させて、テキストなどはXMLにして、InDesign様にどばーって流し込んでしまえばできてしまいそうなんだけど、グラフィック要素がめんどくさいらしい。
どうしようかな。
最近こういう脳みそ浪費系の仕事が増えてきたな。
きっと「岡本君は将来、ジャン・レノを目指しているらしいから、みんなで協力してあげましょう」って通達が回っているんだろうな。うん。きっとそうだ。そうにちがいない。そういうことにしてげんじつからとうひしよう。
はげ推進策。
2004年9月 9日
某忙
あるテクニカルなコンペのための画面サンプルを作ってます。
死にそうです。
1秒たりとも無駄にできません。
このコンペの時間を空けるために、T様のサイトの作業を2倍速(当社比)で進めておきました。
飯食べてる時間すら惜しいです。
トイレに行く時間すらも惜しいです。
こんな時に限って嫁さんは北海道へ社員旅行。
別れて初めて大切さに気付くとかよく言いますが、別れなくても十分気が付くというものです。
1秒たりとも無駄にできません。
本当は日記書いている暇もないはずなんです。
「カーボンバックにするか、フルアルミにするか」とか考えている余裕もはいはずです。
あと24時間もありません。
画面構成はあまりすすんでいません。「あーしてこーして…あびゃばばば~」って感じです。
タウリン1000mgとか飲んでみたかったんですが、薬苦手な私が飲めるんでしょうか?
どなたか、飲みやすいドリンク剤をご存じありませんか?
2004年8月24日
なんてことでしょう
会社に行ったら3人やめる話を聞いた。
段階的に3人。
っていうか
その話を送別会の案内を見て初めて知るってどうよ?
俺より後に入社して、先にやめるってどういう事よ(本人の勝手なのでどうでもいいけど)?
こいつらには「関白宣言」を気が狂うまで聞かせてあげることにする。
2004年8月 4日
いろいろ
にわかに忙しくなってきた。でも提案とか交渉ばかりで一向に利益につながらない。
むずかしー
Flashを使った3次元インターフェースの作成とか、Amazon Web Service(AWS)を使ったアプリケーション構築などヘビーな案件がズラリ。AWSおもしろい。SOAPを使ってゴリゴリやりたい。
それにしても、MBH株、壮絶な下げっぷりで怖くて手が出せませぬ。
2004年7月29日
ナビゲーション改善
某掲示板でボロクソに言われていた「次の写真へとかのボタンがない。最悪。」という暖かいご意見にお応えして、ナビゲーションを改善しましたよ。やっと。
なんていうか、SQL文が思いつかなかったんですよ。IQの低さを露呈してますよ。
UDの写真は全部通しの番号で管理されてるんです。IDってやつです。ところが、ボツ写真などデータベースから削除されると、そのIDは欠番になります。だから、単純に1足して引いてって処理ではダメだったんです。
で、SQLには前後のレコードに移動させる方法がない。ポインタを動かす方法はあるらしいけど…
SELECT文を書くことにしました。
次の写真のIDがほしけりゃWHERE id > 今のid limit 0,1って書けば次IDが取り出せる。おーおー、簡単じゃないの。
じゃ、前の写真はっと…
WHERE id < 今のid limit 0,1 だと常に1が返って来ちゃうので、ORDER BY ID DESCってのを追加。順番を逆にして、晴れてIDの取得に成功っと。
あとは適当にIF文を組み合わせて、idがとれない場合に備えてコリコリと書いて完成。いちいちリストに戻らなくてもゴリゴリ動けます。
ただ、検索結果を反映した移動にはまだ対応してません。
一から書き直した方が早そう。
2004年7月10日
2004年7月 4日
U2
T様のサイトを組みながら、ちょっとしたアイデアをマネフリに組み込んでみたり。メニューがFlashから画像に切り替わりました。しかも、PNGを使いました。GIF圧縮が面倒だとか、JPEGがださいとかまぁ色々あって、怒りながらPNGで書き出したんです。
仕事中はClub977っていうネットラジオを聞いてるんですが、これは80'sのPOPとかROCKとかが流れるんですよ。在りし日のマイケルジャクソン(今のマイケルは死んでます)。ビリージーンを小学生の頃聞いて感動しました。貸してくれた親戚(ピアノの先生)が今は同じマンションにいたりするわけですが。
スティービーワンダーも流れます。ビリージョエルも。シンディローパーも。ほとんど知らない人ばかりなんですが、この時代の曲がめちゃくちゃ好きなんですよ。この時代って音楽がすごい大事にされていたと思うんです。
基本的にはリスナーからのリクエストに基づいて再生順位を決めているらしく、1日に何回も流れる曲から月に1回流れればいい方の曲まで色々あるんです。
中でも最近はU2がお気に入り。でもなかなか流れない。あまりに流れないのでCDを買ってきてしまいました。
NEWSSTATIONのオープニングで使われてるWhrere The Streets Have No Name(約束の地)なんてやばいぐらいに良いですよ。鳥肌立ちましたよ。ぐあああああああああ!!!って来ますよ。
クリエイター職についてやたらとそういった感性が磨かれてる気がするんですよ。先日はネスカフェのCMで谷川俊太郎の「朝のリレー」を朗読してるのを聞いて、全身鳥肌立ってました。この詩スゲェ!って。
馬鹿みたいでしょ。ガキの頃は何も感じなかったし。
2004年7月 1日
業態変更
リストラすることにした。経費の圧縮を進めて、固定資産の見直しをしてできればいくつかを一括償却してしまいたい。
加えて業態を一部変更して、コンテンツ販売をもう少しパワーアップさせたいと思ってる。
画像販売は規模縮小→オーダーメイド型へ。
いかに名前を売るかだよなぁ。
そんな中、買い物をしてしまう。
1:一般気象学
2:プロが教えるこだわりのコーヒー
3:DIRECTOR Xtra ガイドブック
4:ペーパープロトタイピング
5:FLASH OOP
3以下は仕事に関連するんだけど、1と2はなんだろ。特に1。
TODO:
1:知り合いサイト。納品中(1日少しずつテスト環境から移行中)
2:T様のサイト。地図製作メソッドの開発とMTカスタマイズ
3:会長のサイト。オープニング動画の絵コンテ描き
4:OBS。CMSを導入するに当たってのインタビューシートの作成。これまでお借りした資料の返却。
5:FACEsを使ったコミュニケーションツールの開発 for まねふり
6:秘密プロジェクト アヒャヒャヒャヒャ
2004年6月29日
満員御礼
MONEX freaksにFACEsサーバーで構築したマルチユーザーコンテンツを入れてみた。
サイトにアクセスすると枠内にデフォルメマネ夫が1匹増える。ウインドウを増やしても1匹増える。閉じると減る。クリックで位置移動ができたりメッセージの送信ができたりウインクしたりする。
これは今後計画しているいくつかのマルチユーザーコンテンツの基盤になるようなもので、機能追加やデータの送受信などのテストを兼ねてたりする。
アクセスするごとにCIが変化するようなのっておもしろいな。SONYのCMの最後に入るやつみたいな。
2004年6月28日
生録は一日にしてならず
デジタルの生録は難しい。レベルが一瞬でもオーバーすると音が切れちゃう。ノイズになる。
でも、リミッターの世話になりたくない。手動でスマートにかつクールにレベルを決めていきたい。
東京でいくつかの音をサンプリングしたが、音の振幅が激しくなりがちなJR山手線、地下鉄銀座線、東京モノレールの音がすべて没。全日空ホテルロビー、アメ横がかろうじで使えるレベル。
モノレールが没ったのは痛い。痛すぎる。
フィルムで言うとアナログがネガフィルム(救済措置有り)、デジタルがリバーサル(措置なし)ってところか。マイクがもっているダイナミックレンジというものもあるだろうし、もう少しトライアンドエラーが必要なんだなと実感した。
自分の耳で簡易バイノーラルをしつつ音声をモニターできればいいのにな。
江ノ島の猫
日本全国12億6000万人の猫ファンの皆様、お待たせしました。
江ノ島の猫の写真です。とりあえず写真だけ。文章はまた後で。クリックででかい写真。
--Update6/28日中
なんと、ご機嫌なわたくしはこれらの写真を皆様にフリーでおわけしようと思っています。
「DB登録がいつになるかわからないのに待ってられるかボケ!」って過激な方はこのBLOGからお持ち帰りして頂いて結構ですよ。コメントに一言残して頂ければうれしいです。
それでは、江ノ島の猫についてちょっとお話しさせて頂きたく存じます。
江ノ島といえば猫が多いことで有名です。そのほとんど(っていうか全部?)は捨て猫なんだそうです。
島のメインストリートでは猫募金が行われています。主に去勢手術に使われるそうです。
ただ、僕は以前福岡の姫島の猫を見ているためか、この島の猫が「かわいそうに見える」事はこれっぽっちもありませんでした。
毛並みがきっちり整っていて、食事もたくさん与えられて、丸々太ってニャジラ級(関西ではカツオ級)が何匹もいるんです。
むしろ幸せそうだと。
人慣れしていて、逃げる猫はあまりいません。寄ってきてスリスリしてくれます。ある意味写真が撮れません。しばらく相手していると「ちっ、しけた観光客だぜ」と距離を置いてくれます。そのときがシャッターチャンス。そうやってとったのが以下の写真です。スペースとるのでextendに回しました。
お触りOKなんですが、中にはウイルス性鼻炎(野良猫マニアなら見分け付くでしょ?)にかかっている猫もいるので、注意して下さい。
2004年6月22日
スカメ
昔受けた会社からスカウトメールが来てた。いわゆるDM。
右肩上がりの売り上げで「近日上場予定ですよ…云々」と言われていたので、財務状態とかチェックした上で受けた。落ちた。
しばらく様子を見ていたら、結局上場はしなかった。
その上社名を変更した。
怪しいじゃないか。
以前は某掲示板で内部事情をガンガン暴露してる人がいたけど、会社内から某掲示板へのアクセスがフィルタリングされてしまったらしい。
立地もよくて待遇もいいのでもう一度受けてみたい気がするけどな。
結論:上場予定っていうものほど当てになるものはない。
ちなみに、別の受けた会社(セキュリティ関連が強い)も受けて落ちたんだけど、その数日後に上場してしまった。そんな話は全然してなかった。そういう会社の方が信用できる。
でも、ここの社長(現在は社長ではなくなったが)上場後に持ち株をたんまり売りに出した。
そういう事する人は信用できない。
2004年6月18日
バイノーラル初体験
すごい。おもろい。マジやばい。
スピーカーでも聞けるけど、ヘッドホン推奨。密閉型のね。再生ボタンをぽちっと押せばコンビニに昼飯を買いに行った時の音が聞けますよ。
マイクはOKM-II CXっていうインナーイヤー型のバイノーラルマイク。
レコーダーはSONYのTCD-D100。これをEDIROLのUA-3FXでPCに取り込んでAdobe Auditionでキャプチャしてエンコード。
サーバーに転送してFlashのメディアコンポーネントに読み込ませるように指示してできあがり。
今はビデオカメラにマイクをつけて遊んでみてる。映像+バイノーラル。これ最強。
そう考えたレコーディングエンジニアが過去にいたらしい。そして、その努力をどういうわけかアダルトビデオに使っちゃった。たしかに。使い道としては(技術的方向としては)間違ってないか。か?
女の人の喘ぎ声を立体的に表現するのもなぁ。
醍醐味はネイチャーサウンドかな。ありきたりだなぁ。もっとおもしろい素材はないかな。
2004年6月17日
D100
梅田ヨドバシで「阪神が勝った翌日は点数差に応じてポイント還元率を増やす」ってキャンペーンを打ってるので、5点差で勝った翌日である昨日、5%ポイントが増えているのをいいことに、D100を買ってきた。
いや、買った。
買ったんだよ。
誰にも文句は言わせないよ。
「えー?このご時世にDAT?ばっかじゃないの?」
「DATってあれでしょ?データバックアップメディアの。容量少なくない?DLTの方がいいよ。」
「D100買ったんですか?D70の方がレスポンス良さそうですよ。え?デジカメじゃない?DAT?なんですかそれ?」
「あーいま売り出し中の映画ですよね。Day After Tomorrow。」
とかいろいろな突っ込みを脳内で繰り広げながら、売り場にひっそりとおかれた120分DATテープを買い占めて(4本しかなかった)帰りましたよ。
で?ナニに使うの?
2004年6月16日
仕事色々
OBSさくっと更新。CSS関係をまだ詰めてないのでお昼に順次更新予定。
知り合いに頼まれたサイトデザインをボチボチと(2件)。
そのた(2件)。
税務署から「収支内訳書が入ってないぞゴルァ」(本当はもっと丁寧)って手紙が来た。
あれー?入れたと思ってたんだけどなー。
2004年6月10日
ポータブルDAT
人の話を録音して後で文章に起こすとかが増えてきたので、いい加減ICレコーダーとかもっておかなきゃなといろいろ調べ始めた。でも、どうせならきちんと撮れるものを用意しておけば、別の録音にも使えそうだから、いいものを買っておこう。
2004年5月29日
東京日帰り
ひっさしぶりの東京出張。
ひゃっほ~う!た~のし~!
空き時間にアメリカ大使館宿舎を遠巻きに見学。
ハリーウィーズ&アソシエイツの作品で、1983年竣工。
独特のモジュール構成の間にはネオプレンゴムを使用した耐震構造を持ってます。
集合住宅タイプと一戸建てタイプなど、赤坂の一等地内にいろんなタイプが存在し、地下には駐車場などがあるみたいです。至れり尽くせり。警察の24時間監視までついてます。セキュリティ万全。
(時期が時期だけにものすごい厳戒態勢。税金使いすぎ。厳戒態勢になればなるほど手を出したくなるのが人の性。ならむしろ、無防備になれ。無抵抗主義。IT'sガンジー。)
疲れてるのでとりあえずこの辺で。
また明日詳しくかきます
2004年3月22日
大きな勘違い
脳みそっておもしろい。
一般に“ど忘れ”とか“思いこみ”とされるものは、覚えていて当たり前のことを忘れてしまったり、間違った判断を完全に正しいと思ってしまっていたりすることだけど、気を抜いたときとかによくでちゃいますね。
カメラの露出ミスしたり
ピント合わせをすっかり忘れてたり。
そして今回は、FXデモでぶちかましておりました。
開発効率がいっこうに上がらない、なんでなんでと疑問に思いながらも、期限が迫ってきているので考える余裕がなかったりしたんですが、今朝になって「あれ、おかしいんじゃない?」と気がついたようです。
2004年3月21日
FXDemoお披露目
![]()
やっと日の目を見ることになった、FXDemoV2βです。特定の会社名とかバリバリでてます。今まではしゃべっちゃいけない気がしてたんですが、今度からはどんどんアウトプットしていきましょう。
バージョンは2。多通貨対応でV1に比べて機能が追加されていたり、速度が向上していたり、リアルになっていたりします。ただし、βなのでV1も継続して使うそうです。
V1はほとんどスライドショーだったのをV2はHTMLベースのデータを動的に生成してページを表示するというアクロバクティブかつスクリプティブでプリミティブ。わけわかりません。
2004年3月19日
為替地獄
おわらない…おわらないよ…
先日の私の「売ってみろよ」という一文で売りポジとった人、おめでとうございます。ナイス円高ですね。
日本は輸出が多い国なので、本来円高は歓迎されません。しかし、円高というのは国力の強さを表しているわけで、見方を変えればいいことなんです。
外国の人が日本の製品を買うために、円を買う。日本の株を買うために円を買う。などなど。円を買ってもらって株を買ってもらうと、円高で株高になるんですが、株は円高になると下がるんです。一般的にね。こういうところで経済は引っ張り合ってるんですよ。おもしろいですね。
為替シミュレーターが地獄の局面を迎えています。あくびしながらやってます。
2004年3月18日
プルルルル
電話が鳴った。マナーモードなのでバイブレーションだ。
ちょうどそのとき、Flashムービー制作に使うコンポーネントの説明をしていた。だから、出なかった。
後になって、着歴を確認した。某人だった。
2004年3月15日
為替シミュレーター
最新版の設計。
目標はマクロメディアのショーケースに載ること。
そのため、最新版のDirectorとFlashを使い倒すことにした。
よりオブジェクト指向にして、処理系統を明確に分けることで、デバッグ効率を上げさせることに。
マネックスではウソついた人は即クビです
リクナビの「叱ってちょーだい!」ってコーナーで松本社長が吠えた。がおー。(リンク先が変わっている場合があるので、そのときはバックナンバーを適当に探してください)
普段はいやな上司だけど、いざというときには頼りになる存在だと元の部下がそういっている人なので、きっと普段は厳しい人なんだなと思っていたけど、はやり厳しかった。
厳しいというか、○×の判断の基準がその辺のオッサンとは明らかに違う。
伸ばせる点は伸ばす。直せる点は直す。どうしようもないなら切る。スッパリ切る。アメリカ的っていえるかもしれない。
2004年2月 2日
しごとたまってきた
うれしいようなうれしくないような。今までみたいに自由に写真撮りに行ったりできなくなるんだろうな。
優先案件
1:某サイト更新(スキャンとかいろいろあり)
2:某飲食店サイト店舗検索システムの提案
3:金融取引システム他通貨対応処理(あたまいたくなる)
4:某教育関係ソフトプレ製作
優先じゃない案件
1:某証券会社操作方法eラーニング化(勝手にやる)
2:MONEX freaksのリニューアル(またやっちゃう)
将来的に収入につながる案件こそあるものの、現状では全部無収入。
eラーニング化はちょっと意地になってやる。
2004年2月 1日
ミッション
金融取引シミュレーターは順調に動作。安心した。
今回のイベントは18時で終了の予定で、仲のいいある人にこういわれた「19時の飛行機に乗りたい」。
18時にイベントを終わらせて撤収、19時に飛行機に乗るというちょっと多忙な芸能人なスケジュールをこなすハメになる。
18時。定刻を少し回ってイベント終了。急いで撤収し、地下にある駐車場へダッシュ。荷物と人員を乗せ、さっさと梅田をあとに。
福島から高速に乗り、伊丹へ。この時点で15分。
道路は空いているが、残念なことにオールクリアー!って言うほどではない。所々に流れを塞いでいるトラックなどがいるので、思うようにペースをあげられない。しかし、渋滞ってわけでもないので、快調に距離を稼いで28分、伊丹着。間に合ってみんな大喜びだった。彼らは19時の飛行機に間に合ったんだろう。たぶん。
で、金融取引シミュレーターって何なのよ?
これは僕が得意とする「動かないものを動いているように見せる」というものを応用した“休日は為替の市場は開いてないんだけど、為替取引をした気分になれるソフト”なのだ。
その気になればバーチャル株式市場だって作れる。ひとつの銘柄について実際に作ったこともある。
今回やっている為替取引シミュレーターは、ひそかにブームになっている為替証拠金取引サービスの画面をDirectorを使ってコントロールして、新規注文(通貨、売買、数量の設定可能)とポジション照会、決済注文を行うことが出来る。
単に画面の遷移を見せるだけなら、実際の取引の流れをスクリーンショットにとって保存して、スライドショーすればいいだけだけど、それでは為替取引の臨場感が得られない。このスリルを伝えてこそなのだ。
そこで、為替取引の市場を作った。もちろん、ソフトウェア内の処理。
刻々と変わるレート、注文提示時間の8秒のカウントダウン(この間は注文レートは固定されるけど、実際のレートは変動する)、ポジション照会では自らのポジションの損益がリアルタイムで変わってゆき、含み損が含み益に、そして決済注文に至るまでが市場を開いている時間に行うがのごとくできてしまうのだ。
で、これ何に使うの?って思った人。いるでしょ。
これは、このサービスを行っているある会社が、為替取引に興味を持っているお客さんの前で、実際にバーチャル取引をして、そのおもしろさを知ってもらおうというのだ。
休日は市場が動いていない。だから注文を出すことが出来ないのだ。
初めて株式市場が動いているのを見たときは、経済の息のようなものを感じた。正直感動したものだった。為替取引も同様なので、そういった気分を味わうことが出来れば、お客さんも為替取引を始めるんじゃないかなと。
現バージョンは対応通貨が古かったりしてる。使われ続ける限り、アップデートしなくてはならない。
ちなみに、これの応用で「動かない開発中のソフトを、動いているように見せる」ということも可能。あとは「ソフトの勉強用にバーチャルソフトを作る」ってのも可能。バーチャルソフトに関しては僕が今勤めてる会社の教育ソフトに採用されてるし、今度3月ぐらいから始めるeラーニング関係の仕事にも採用されてる。ただ、これは僕が作ったものじゃなく、他の人が同じ事を考えたみたい。
Directorの得意分野でもあるわけだ。
昨日から続いた作業は、間4時間ほどの睡眠をはさんで先ほど完成。CDに焼いて11時までには市内某所に届けなくてはならない。場合によっては現地作業だ。
2004年1月31日
急用
昔作った金融取引シミュレーターに少し問題が発生したらしく、急いで作業中。
といっても、取引画面は昔に比べて大きく変わってしまっているので、そろそろアップデートしたいと先方に申し出ていたところだった。
画面サンプルの取り直し(実際に取引しないとダメで、ちょっと怖い)など作業が山積み。
今回は画面アップデートは必要ないらしく、ある環境での動作確認と、必要に応じて修正作業をしてもらいたいとのこと。今夜東京の人と電話でひとつひとつチェックする予定なので、それまでにこちら側の確認を済ませておかねばならない。
仕事が溜まり始めた。
2004年1月26日
僧侶
同じ部署のミャンマー人C君が帰国した。帰国?えーとしばらくミャンマーに帰国していて日本に戻ってきたわけだから、帰国じゃないか。でも、来日っていう感じでもないし。国籍どっちかわからないし。
帰ってきたC君は頭を丸めちゃってるんです。同僚が聞くと「儀式があって、丸めなきゃならなかった」っていいます。さすがミャンマー。いろいろ儀式があるんですね。しかし、頭を丸めるって成人したわけじゃないし(すでにいい歳)いったいどんな儀式なんでしょうか?聞いてみたら
僕、お坊さんになったんです
うへぇ、ミャンマーってすげぇ!
ちなみに彼は母国語+英語+日本語+中国語を使っちゃいます。ひょっとしたらほかの言語も使ってしまうかもしれません。やっぱ、ミャンマーってすげぇ!
たまに虫が這ったような字が書かれた本を読んでいます。ミャンマーの言葉らしいです。そのまま朗読してもらったんですが、桑田佳祐の歌以上に難解でした。
やっぱ、ミャンマーってすげぇ!
2004年1月10日
怒りの撮影会
会社で英語関係を担当していたM嬢がキウイな国に留学するというので、送別会に行って来た。最近の退職の話とかプライベートでいろいろあったりして僕の胃はボロボロ。金曜日は昼食もあまり食べる気がしないまま、適当に済ませた。
しかし、夜は中華。脂っこいの何の。
18時からだったけど、堀内カラーに写真を受け取りに行くために1時間ちょっと遅刻。すでにいろいろ料理が取り分けられていた。取り分けてくれたS嬢はいい子だ。
あまり料理がのどを通らず、軽く食べるごとに胃がキリキリしてきたので、終止お茶をすする状態に。そんななか、某氏が「飲み会の時ぐらいはバイクに乗るな」みたいなことを言い出す。
僕はこの某氏があまり好きではない。「お酒嫌いなので、あと電車乗るのも嫌い」と返しようのない答えで黙らせようとしたが“自分の意見”というのを押し通そうとしてくる。
某氏の興味はそこから僕の出勤時間にシフト。阪急京都線の踏切があかなくて遅刻することがあるという話をしても「あり得ない。」などと抜かす。仕舞いには就寝・起床・家を出る時間・嫁さんが家を出る時間など事細かに聞いてくるので、席を立って別の場所に移動した。
お開きになりそうな雰囲気だったので、M嬢を中心に仲のいい3人組をモデルにポラを切ってあげることにした。「用意するからまってて」と機材を準備していると「カメラ何使ってるの?」とまた某氏が絡んできた。「いやぁぁ、ハッセルブラッドよぉぉぉぉ」なんてほざいているがそれがなんなのか分かっていない様子。
ストロボで露出を決めて、ポラを2枚切った。気に入った1枚をプレゼントして、残りは同僚のK嬢がもらっていった。中判カメラや露出計を初めて見る人が多かったみたいで、いろいろ解説するのに苦労した。イギリス人のTはフィルムサイズが120であることや、露出計を分かっているようだったので、彼はひょっとしたらカメラをやっているのかもしれない。
今度はフィルムバックを交換してPORTRA160NCで集合写真。80mmは引きまくらないといけないため、苦労した。胃痛がさらに追い打ちをかけて、水平がとれたか、露出は合ってるか、ピントは…といったことはあまり覚えていない。苦しい中シャッターを切るので精一杯だった。でも、苦しそうな顔はできない。
撮影が終わり、店を出て荷物をまとめていたら、また某氏がきた。バイクを指さして「こんなので街中走ってるの?」とかいう。「市販バイクは基本的にアスファルト上を走る向けに設計されてるだろが」とは言わず。そして極めつけに「こんなカメラ持ってたら貯金0でしょ?」と来る。収入無しでも数ヶ月やっていけるだけの貯蓄はあるが「そうですけど。」って答えると「ねーそうよねー」と宣う。
これを聞いた周りの人もさすがに「それは言い過ぎじゃないのか」と思っていたらしい。俺の胃痛はピークに達した。早く家に帰ることだけ考えてた。
2次会でも某氏は散々周りに迷惑をかけていたらしい。
個人が特定されそうな文句はあまり書かないことにしていたけど、今回はさすがにぶち切れですよ。
もうね。アホかと。
2004年1月 9日
悶着
今回は辞意というか辞めるつもりでいることとその理由を上の人に伝えたため、結構な騒動に。「今辞めなくてもいいだろう。もう少し待てば…」といった感じの話があったけど、答えは「確かにそうかもしれませんが、いろいろ考えるいいきっかけですので」って返すことにしてる。
家計の見直しとか真剣に取り組んでみる。
