2010年1月アーカイブ

2010年1月17日

蓼科で、ふらりと立ち寄ったそば屋さんがとんでもなかった件

八ヶ岳は北と南のエリアに分けることができる。南は毎年死者も出ている山形カット歯ブラシのような険しい稜線でおなじみだけど、北側は蓼科高原をはじめとしたソトコトを地で行くようなロハスでスイーツなリゾート地だ。

今回のミッションは、スノーハイクのゲレンデとしても知られる北側の北横岳の登山口である、坪庭とその周辺のリサーチである。

自慢じゃないのだけど、うちの車はスタッドレスを履かない。滅多に雪が積もらない大阪市に住んでいたからかも知れないけど、スタッドレスを履くという習慣がないのだ。でも、チェーンはちゃんと携行している。なので、大丈夫だとおもって出発した。

蓼科へのアプローチは、中央道諏訪ICである。1つ手前が諏訪南。八ヶ岳へのアプローチがここだ。なのでほとんどルートは一緒なのだ。富士山の脇を抜けて甲府盆地に入ると見えてくるのが、南アルプスの泣きそうなぐらい険しい稜線と、周りがどれだけ晴れていても、そこだけ気象コントロールされているのかと思ってしまう、雲に包まれた八ヶ岳だ。どこまでツンデレなんだろうこの山は。

諏訪から先はあまり知らない道。実際は何年か前の社員旅行で走ったことがあるのだけど、それ以来ということになる。道覚えているかなと心配だったけど、インター出た瞬間に記憶が引き出されて、道に迷うことなくビーナスラインに入れた。ここまで来たらあとはまっすぐ行くだけである。

ビーナスライン沿いには信州蕎麦を出すお店がたくさんある。信州蕎麦と言えば十割だろ。二八なんてどこでも食べられる。せっかく来たんだから十割食べたい。そう思いながら沿道のいろいろなお店を見ては「うーん、ちがう」と言いながら進んでいった。
道がだんだん山道になって、いよいよおそば屋さんがなくなろうとしたところで「石臼挽き」という看板がちらりと目に入った。「お?これは気になる。」と、通り過ぎたのだけどUターン。

別荘地にたたずむ、小さなおそば屋さんを発見した。「しもさか」と書いてある。駐車場は6台ほどあるようだけど、僕以外には1台だけ。しかもその人は店を出てきたようだ。雪が積もった道をノーマルタイヤで走るのも怖いので、一番手前の駐車スペースに車を入れ、店へ向かった。

気温は−5℃ほどか。乾燥した空気と、パウダースノーのせいか、周りはとても静かだ。

店の入り口にメニューがあった。僕は驚愕した。蕎麦が「せいろ」しかないのだ。それ以外は「そばがき」と「おしるこ」。
せいろは大盛りにできるほか、おかわりも可能。もちろん、料金がかかるのだが、その料金がまたすごい。

せいろ:1600円
せいろ大盛り:2200円
せいろおかわり:1200円
そばがき:1200円
おしるこ:1000円

いやまて、きいたことがある。蓼科にとんでもないそば屋があると。メニューが少なく、非常に高い。せいろとそばがきだけという、超強気ともとれるメニュー構成の店があると。

意を決してはいることにした。

平屋の落ち着いた店舗。左手は座敷のようである。玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて入ると、大きな6人掛けテーブルが1つ、4人掛けのテーブルが2つほどあった。こぢんまりとした空間だけど、窓の外には雪景色が広がり、なんともスローな時間が流れる。

ストイックな感じのする店主に「せいろ」をお願いする。程なくしてそれはやってきた。

むむ...

蕎麦は茨城の契約農家から送られてくる純国産そば粉を100%使用し、石臼で毎日じっくりと挽いているのだそうだ。これで1600円。原材料コストとかかっている手間からすれば、高いとも言い切れまい。

一筋すすってみる。カツオの味がぴんと立っている上品で後味のスッキリした付け汁。蕎麦の香りが負けたりしないかと心配ではあったけど、ほどなくして蕎麦の香りがふっと鼻に通ってくる。なかなかいい体験である。

そば湯は透明感のあるタイプで、上澄みをとっているのかなという印象。いわゆるドロドロ系のそば湯が好みなのだけど、こちらも蕎麦の味がしっかり出ていて非常においしかった。おそらく人生で1,2を争うのではなかろうか。

食事を終えて会計を済ませ、店をでたら来るときは気がつかなかった小川のせせらぎが耳に入った。時には行列することがあるというが、待っている間ものんびりとしたスローな時間が流れるのだろうなと思った。

駐車場から車を出そうとしたら、ものの見事にスタックしてしまい、僕はその場でチェーンをつけて、ロープウェイ乗り場のある駐車場へ車を走らせた。

いやぁ、衝撃的だった。蕎麦が。

実はこのあと、上り坂で突然クルマがスピンするという自体に見舞われた。ブレーキを踏んだりしたわけじゃないのに、いきなりリアが左に流れ始め、カウンターを当てたら思いっきり右に流れて道をふさぐ格好で止まった。他車がいなくてよかった。もしいたらとおもうとゾッとする。

北横岳へのアプローチルートは雪歩きが楽しめる構成になっていて、思わず山頂まで行きそうになったのだけど、今回は蕎麦のインパクトがすごかった。また行くと思う。財布が許すなら、腹一杯食べてみたい。

この価格設定には賛否両論あるけど、一度食べてみればいいと思う。もちろん、ここよりコスパの高い店はたくさんあると思うけど、なにかこう、憎めないのだ。だからまた行くと思う。
調べたら創業は平成元年とか。20年近く続いているのだ。単に強気なだけなら、こうはいかないだろう。

俊樹蕎麦しもさか

長野県茅野市北山4035-1026
TEL&Fax:0266-67-2682
営業:11時30分~16時(不定休)
http://shimosaka-soba.com/

2010年1月15日

マギボンに会う

昼過ぎ、ほっこりしたくなっていつものタリーズに行って、コーヒーが出てくるのを待っていると「おかもとさんおかもとさん」と聞いたことのある声が。

振り返ると知り合いの人がいた。めったに関係者に会うことがないタリーズで珍しいこともあるもんだなと思っていたら、誰かがそこにいるらしい。

「マギボンです」と紹介された。白色ブロンドの超かわいい女性がそこにいた。
気が動転していてその前後何があったかすっかり忘れてしまったのだが、マギボンと写真を撮らせてもらったので貼っておく。

マギボン

動画サイトでブレイクした外国人ネットアイドルとしては、最近ではベッキーが有名だけど、マギボンはその元祖とも言える存在だ。

なんかやるのかなぁ、やるとしたら楽しみだなぁ、名刺渡しておけば良かったなぁ。

2010年1月14日

これから雪山を攻めてみたいというフツーの人に贈る、冬の八ヶ岳レポート

もともと関西人だったのもあって、冬山はとても縁がないものだった。登ったと言えばちょっと雪が積もっている金剛山とか、積雪というよりはアイスバーン全開な赤目四十八滝とか、南国だからと油断していると痛い目に遭う、新年の久住とか。

思えば久住が一番冬山らしい冬山だったと思う。

そんな僕が今度は八ヶ岳の硫黄岳に行ってみた。冬山レベルとしては初級らしい。久住よりは相当レベルが高そうではあるが...

八ヶ岳は以前社員旅行の自由行動で蓼科に登ったのが始まり。以来、その独特の山様に魅せられつつ、なかなか機会がなくて登れなかったのだけど、10月についに赤岳に登れた。

夏登ったら次は冬だねとは誰も言わないのだけど、八ヶ岳の場合は通年営業している山小屋があったり、アプローチが便利だったりして、冬山入門としてもうってつけであることが伺える。装備を整えて、12月の八ヶ岳へ向かったのだ。

深夜に家を出て、談合坂で仮眠。早朝に出発して諏訪南から美濃戸口へ。

四駆などの恵まれた車であれば、さらに美濃戸の赤岳山荘の駐車場まであがることができる。徒歩に比べて1時間稼げる計算になるけど、駐車料金は美濃戸口の倍になる(美濃戸口は1日500円)。

装備を整えて美濃戸へ歩いて行く最中、30分ぐらいのところで試しにと持ち込んだハイドレーションが凍結。これから起こる波瀾万丈を予告するかのよう。
飲料水が凍ってしまってはいけないので、持ってきたテルモスに中身を移し替えて登山を続行。美濃戸山荘(冬期休業中)の軒下でおにぎり2個で昼食。

時折小休止を挟みながら、北沢を赤岳鉱泉へ。初めてじゃないルートであったのと、天候が良かったのもあり、美濃戸から4時間ほどで到着した(標準タイムよりは遅い)。

実は登っている最中に、愛用のサングラスを落としてしまってた。気がついたときはすでに遅く、サングラスなしで稜線にでるなんて...とちょっと怖じ気づき始めた。

山小屋でテントの受付を済ませると、主人から「イオウ?イオウなら今のコンディションでも大丈夫だね。ただ、稜線は風がすごい強いから、浮きそうな感覚があったら、イオウであってもすぐに下山した方がいい。30m飛ばされた人とかもいるからね。」
この道一筋の人の意見を聞き入れることにする。

ついでに腹が減ってきたのでラーメンをいただいた。その後にテントの設営。

設営場所は少し悩んでから、杉の木の下の落ち着いたエリアを選んだ。
フットプリントを敷いてみて位置を確認。変な枝や石が露出していないかを確認しながら、雪と氷の固まりになっている地面を水平にピッケルを使ってならしていった。

ある程度ならせたかなというところで設営。テントは木の下で、出入り口もそちら側に配置した。

ザックから寝袋とマットを取り出して、いつでも眠れる体制を整えて入室。使っているテントはMSRのHUBBAHUBBA HPというやつで、正直冬山に使うには厳しすぎる。ベンチレーションもないようなものなので、ものすごい結露が予想される。

寝袋とマットさえしっかりしていれば、テントが貧弱でも行けるんじゃないかという予想に基づいているのだが、はたしてどうなることやら。

夕食はインスタントパスタ。山小屋で買ってきた暖かいお茶(テルモスに入れてもらう)と、重い思いをして運び上げてきたシャンパンをあけた。

驚いたことに、自分たちの吐いた息が空気中で結露して白くなるのはいいとして、それが延々とテント内に漂っているのだ。シャワールームかここはってぐらいに。そしてそれがいずれテントにくっついて結露して、凍って、テントの内側がキラキラ光っているのに気がついた。

近くのテントにいるおばちゃん軍団があり得ないほどうるさかった。「悦子がー!悦子がー!(おそってくるとかそんなことを下品に叫んでいる)」とかうるせーので「悦子うるせー!」と叫んでおいた。それを聞いた近くのテントから失笑。

19時ぐらいにみんな就寝。

今回、マットを忘れた友人に僕のマットを貸していた関係で、僕の寝袋の下はエマージェンシーシートと脱いだゴアパンツがしかれているだけという状況で、夜は寒くて寝苦しかった。慣れの問題かもしれないけど。
足下には除去したはずなのに大きな石ころがあって、それがごつごつ当たって痛くて、おかしいな、ちゃんとならしたのに。と思いながら何度も寝ては置きを繰り返して、4時ぐらいに起床。

靴を履いてトイレへ。扉が凍り付いてしまっていて、居合わせた人と一緒にこじ開けた。「凍ってるって言うか、外れちゃってるみたいでね。昨日もはずれてたよ。」とその人。

その後、テントへ戻ってその辺の雪をかき集めてバーナーで溶かし、インスタントリゾットをたらふく食べて出発の準備。気がついたら日が出てきて、続々と周りの人たちは目的の山へ出発して行ってた。我々は一番近い硫黄岳ピストンなので、割とのんびり過ごしてた。

出発を前にマット代わりにしてたパンツを回収。その時に石の正体がわかった。飲料水のパックが凍ってしまってた
水分はとにかくとことん凍る。そんな世界。凍らせたくない場合は寝袋の中に入れたりとかするそうだ。なるほどな。

アタックザックなんてないので、荷物を抜いたザックにそのまま菓子類を詰め込んで出発。山小屋前でクランポン装着。

靴は厳密にウインター用ではないので一抹の不安を覚えるが、それほど不便を感じなかったのはルートが優しいせいか。いずれはちゃんとした靴に買い換えたいなと思いながら硫黄岳への道へ入った。

しばらくは森の中を抜ける、異世界感たっぷりの山道。沢を渡ったあたりから徐々に山登りになってきた。スタートが遅かったのですでにトレースもしっかりついていて、道に迷うことなく、文字通り一直線に山頂を目指せる。

気になるのは木々の間から見えるダークグレーの雲底ぐらいで、森の中にいるせいか風も強くなく、のんびりとしたスノーハイク状態で進んでいく。小休止は2回ぐらい。

後半、赤岩の頭と呼ばれるポイントまであと30分ぐらいかというところから森林限界を抜けた。風向きが一定のようで、つづら折れのポイントで急に風が強くなったりする。さすがにそのポイントでは目出帽をかぶり、フードをしないと目を開けているのもつらい状況
そして進むごとに「これ、稜線やばくね?」という雰囲気がどんどん増してくる。

そして最後のスイッチバックを迎える直前、一気に視界が真っ白に。稜線は風速20m/sを超える風が吹き続け、それで煽られた雪でホワイトアウト状態に。かろうじで稜線下にいたので強風は免れているものの、少し進めばもうそこは吹雪。見るとトレースも完全に消えていた。

「とりあえず案内板まで進んでみよう」と歩いてみるが、トレースを外れてしまったのかいきなり腰あたりまでの積雪に阻まれた
なんとか誰かが踏み固めたところを探し当てて、案内板の下へ。

硫黄岳山頂には爆裂火口と呼ばれる絶壁があって、稜線も狭め。そのため、歩く道筋には看板やケルンが頻繁に置かれてある。雪が積もっているだけならダラダララッセルしたりして山頂を目指すのだけど、この強風。とりあえず、20mほど先にある看板まで歩いてみようと思って、GPSに位置情報を登録しようとしたら、低温すぎて液晶がまともに表示されない
なんとか地点登録を済ませて歩き始めるも、数歩で風と雪に阻まれて前に進めなくなってしまった。

「撤退ー」と合図して来た道を戻った。

山頂の手前、500mぐらいのところだった。

下りはとことん楽。下は雪でクッションになっているし、所々のつづら折れは、手前で雪滑りしてショートカットしたりと、遊び心満天で降りた。特に休憩することもなく。

風の通り道になっているルートはすでにトレースが消えかかっていて、これといった目印のテープもなく、あと少し遅かったらと思うと戦慄した。こんなところで迷ったら一発でおしまいだよなーと。

下山中、大同心などを登り終えた玄人集団と一緒になったりした。ハードなところを攻めるクライマーは見た目からしてやり手。早くああいうレベルになりたいなと。

ものの1時間足らずで下山。赤岳鉱泉で牛丼やカレーをいただいた。少し暖まってから撤収作業を開始。

テントに戻ると、テント内に雪が降っていた。結露したのが凍り付いて、はがれたもののようだ。
テント自体も生地が薄いので、ほぼ凍っている部分が見て取れた。これ、収納できるんだろうか。それぞれの装備をまとめ、僕はペグ類を回収。テントを持ち上げて中に入り込んだ雪を振り落とすけど、全然らちがあかない。結局そのままたたんでしまった。帰宅したらすぐ干さないと。

フットプリントとテントの生地は凍ってくっついてた。はがすときの感触がなんともいえなかった。
平地にならしたはずのテント場は、僕が寝ていた部分がすっかり解けて、坂になってしまってた。

下山はクランポンナシで。あるべきかなとちょっと思ったのだけど、別のパーティーを案内してたガイドも「アイゼン(クランポン)ナシで大丈夫です」と言っていたのもあり、歯が減るのも嫌なので収納。
道を下りながら落としたサングラスをさがしてみるも、見つからず。所々にある階段や段差はクランポンナシだとちょっと恐怖

勝手知ったる道なのもあってサクサクと下山。ところが、堰堤に出たあたりから変な頭痛がしはじめ、そのあとは休憩を挟みながらの下山となった。

結局サングラスも見つからずじまい、残念だけどあきらめることにした。

美濃戸から美濃戸口の下山道は、雪が踏み固められてアイスバーン状態になっていてつるつるとよく滑る。クランポンをつけるほどでもないけど、滑るのは嫌なので、轍の盛り上がった部分を選んで歩くことにする。それでも道が曲がっているところは轍がきえるので、かなり怖い。軽アイゼンとかつけた方がいいのかな。

程なくして日が暮れ、最後の40分ほどは暗闇になった。ヘッドランプを最高出力にして、頭痛と闘いながら下山。一番最後の登りが効いた...

しっかし夜になると、人口の明かりが恋しくなるね。集落が見えたら「キター!」ってなる。

今回の登山で学習したことは、テルモスは一人1個以上持っているといいかなということ。暖かいお茶が持ち運べるのはかなり大きい。
そして、テントは冬用をできれば持って行くこと。寒いのはつらいし、ベンチレーション等きちんとしてないと、雪が降ってしまう。
もちろん、山小屋利用ならこの辺は心配しなくていい。
水はとことん凍るので、対策を万全に。テルモスに入れるのもいいけど、断熱材でくるんだりとかね。ハイドレーションはほとんど機能しない。どうしても使いたいなら、凍結対策がとられているやつとか買う必要があるかもしれない。
山小屋のごはんはおいしい。割高かなと思ったけど、ボリュームかなりあるし、お得感の方が大きい。
山小屋の食事を活用して、持ち込む食料を少なくしたりとか工夫ができそうだ。

この冬あと数回の参考を予定している。装備は一つ一つ充実させていって、快適な冬山ライフを送れるようにするのだ。

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