三菱地所が本気で再開発をしている丸の内エリア。総額9,500億円、期間は20年(1998〜2018年)。既に丸ビル、新丸ビル、OAZO、TOKIAが竣工して、10年の折り返しを終えた。
次の10年のスタートを切るのは丸の内パークビル。そしてその足下に復元されたのが、旧三菱一号館だ。オープンを間近に控え、関係者の内覧がひっきりなしに行われている。
なぜ今になって三菱一号館を復元したのか。考えてみる価値はあると思う。
単に建てる場所がなかったから。という考え方もできる。しかし、三菱一号館や丸の内の歴史を紐解いてみると、自ずと復元された理由が見えてくる。
丸の内は元々官有地であったところを、三菱の岩崎弥之助が150万円で買い上げ(Wikipediaより)、そこに最初に建てられた丸の内初のオフィスビルが三菱一号館だった。
今三菱は丸の内全体の再開発計画の真っ最中。丸の内で最初のオフィスビルであった三菱一号館を現代の技術で復元させ、新たなるスタートとする意味あいがあったんじゃないだろうか。
当時、三菱一号館が完成した後、周辺には煉瓦造りのオフィスビルが次々に建てられ、一丁倫敦(ロンドン)と呼ばれる街並みになったそうだ。
三菱の想いと願いがこの一角に込められているのは、今の三菱一号館を見ればすぐに感じ取ることができるだろう。
本当にすごいから。
まず、古い建物を現在の技術で復元させるというのがどれほど大変か。建築基準法の絡みもあれば、工法の衰退などで同じものが作れない場合だってある。
三菱一号館は、旧一号館が解体されたのが1968年。設計図や部材を大切に保存することで、当時と変わらない、いや、それ以上の風格をものにした。
おそらく解体時から復元する計画があったのだろうと思う。
三菱一号館の遠景はオフィシャルサイトを見てもらうとして、ここではディテールに着目してみたいと思う。
建築の知識がある程度ある人なら、この写真でもうお腹がいっぱいになると思う。
僕自身は建築にあまり詳しいわけではないが、まず目に付いたのが銅製の雨樋(のパイプ)。
建物の縁にしっかり沿うように、ナナメにカットされ、溶接してつなげてある。
それ以外にも細部にまで彫り込まれた意匠、いくら見ても全く飽きない。
夜になると雰囲気は一変
窓などから中をのぞき見ることもできる。
パークビルとの間には広場があって、昼間は近くのサラリーマンやOLが弁当を持ってきて食べたりしてるのをよく見る。
僕自身、今働いている会社があるビルは明治生命館で、国指定重要文化財。戦後はGHQに接収され、マッカーサーの執務室が置かれたという歴史ある建物だけど、それでも十分にモダン。
古い建物を眺め通り過ぎ、モダンな建物で仕事をするなんて、幸せ者だなぁと思っていたら、来週から大手町に引っ越す事になってしまった。
なのでもう、毎日見ることはできなくなってしまう。残念でならない。





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