2006年1月アーカイブ
2006年1月31日
ナタリー
ナタリーっていうロシア人女性からメールをもらった。
英語だった。
スウェーデン人もフランス人もロシア人も英語を使っているわけだ。
日本人の僕も、彼らとコミュニケーションをとるなら英語を使えるようになるべきだと思った。
昔、仲のよかった外人さんにトロイっていう巨漢がいたのだけど、彼は学校の先生になってからはてんでご無沙汰。
2006年1月30日
2006年1月25日
久しぶりに
デザインなんぞやっております。
ここ最近はプログラムばかりだったもんですから、デザインは新鮮です。
いや、ほら、プログラムしながらそれ用のデザインをするってのはそりゃありますよ。でもそれってプログラム主体なんですよ。まず、
プログラムありき。
ところが今やってるのは、まず、デザインありき。デザイン決めてからhtmlをチマチマとやります。
2006年1月20日
Active DirectoryとWindows95
Windows95はデフォルト状態ではActive Directoryなネットワークに参加することができない。
まぁ、そもそもWindows95なんて使ってるんじゃないよチミ。という感じなんだけど、
たとえば95で開発したアプリケーションだとかのメンテナンスが入るような事態があると想定した場合、
必然的にネットワークにWindows95のマシンが参加することになる。
サーバー機をアップグレードするなりして、ネットワークがActive Directoryになっちゃったらさぁ大変。
Windows95をどうするかで小一時間悩むことになる。
切り捨てる?いやいや、そういうわけにもいかないな。と。
Windows95でActive Directoryなネットワークに参加する場合は、
DSClient.exeを実行する必要がある。ところがこのDSClient.exeがくせ者で、
Windows2000ServerのCDにしか収録されていない。
2003ServerのCDには入っていない。
仮に、すでにWindows2000Serverなマシンが稼働していたとしても、
そのマシンにWindows2000ServerのCDが必ず付属しているとは限らない。なぜなら、
プリインストールされた状態で出荷されるサーバーに付属しているCDは、リカバリー専用に作られているため、
特定のファイルを引っこ抜くのはまず無理だからだ。
そこで我が社最強のリサーチの鬼である僕に白羽の矢が立った。
英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語など、
あらゆる言語の資料を斜め読みで理解し(半数以上は誤解するわけだが)てしまうスキルの高さを上司が評価してくれたわけだ。
ということで僕はものの数分でネット上の信頼できるサイトから、DSClient.exeを入手した。
ところが、これらはすべて偽物だった。
正確に言うと、WindowsNT用だったり、Windows98用だったりしたわけだ。そんなもんがそもそも実行できるわけ無かったり、
実行できても動作しなかったりするわけで、問題解決には至らなかった。
ということでDSClient.exeを探しに来ているWindows95でActive Directoryしたい人たちは、
なんとしてでも(知り合いからCDを借りてでも)本物のDSClient.exeを手に入れなければならない。
うちにもそのCDは無かった。
NTServerの素のパッケージはあるものの、それ以降はプリインストールされたサーバーを導入し続けていたので、
パッケージなんて存在していない。
困り果てた僕はふと思い立ち、開発の島(デスクの集まりのことを島っていうよね?)に転がっているMSDNライブラリをひっくり返してみた。
MSDNライブラリってのは開発者向けにマイクロソフトが提供しているテスト用OSだの各種コンポーネントだのの集まりで、
年間10万ぐらい払っておくと、いろいろいいことがありまっせ。ってやつだ。
使いこなせないと、経費削減のあおりで真っ先に切られる系である。
でもさぁ、一企業が年間10万ぐらいの経費出せないでどうするのよと。僕が持ってるクレジットカードに毛が生えたようなコストじゃん。
さて、すでに更新されなくなったMSDNライブラリの何十枚もあるCDから、
僕はWindows2000Server系がおさめられているCDを発見。そしてそこに、
目指していたDSClient.exeを見つけて問題を解決することができた。
丸一日を棒に振った苦労が、MSDNのCD1枚で解決できてしまったわけだ。力が抜けちまった。
きっと困っている人が他にもいるだろうから、どこかにDSClient.exeをアップロードしておこうかと思ったけど、
こわいのでやめとく。手に入れるつてがないひとは一声かけてください。
なお、Windows95にDSClient.exeを導入するには、Internet
Explorerを4以降にアップグレードする必要がある。
また、http://support.microsoft.com/kb/239869/ja にあるNTML2認証はネットワークによって違うので、
NTML2認証を使っていないネットワーク上でこの設定を行うとログオンできなくなってしまうので注意が必要だ。
報告は以上だ。ホントに疲れた。
2006年1月19日
似てる。
Bette Midler の The Roseのイントロと
森山直太朗の12月のイントロ。
どっちの曲も好きだから、どっち聞いても入り込める。
ピアノがいいんだよ。ピアノが。
MONEX SNS
正式スタート。
今は招待制だけど、メンバー増やすために一時的にオープン制にしようかどうか悩み中。
2006年1月17日
業務日誌0116
備忘録:1月18日はCarl Zeiss ZFの発表日です。
仕事が立て込んできた。去年の今頃はのんびりしていた記憶があるが、今年はとんでもないスタートダッシュをキメているようである。
ざっと数えて並行している仕事が5件。
新しくアシスタントは取るつもり無いので、外注するなどしなければならなくなってきた。というか、不採算性の高い仕事は切るべきか、 値上げするべきか…悩む。
2006年1月16日
業務日誌0115
マネフリSNSのセットアップ。文字コードがらみで悩み倒し。
URLだけ決定。動作さえするようになれば、デザインよりも先に適当な方に招待メールをぶん投げます。
欲しい人はメールちょうだい。
東京出張中、六本木あたりにいた頃、ある方から仕事の依頼が舞い込む。
僕はその話を喜んで嫁さんにした。
彼女は冷静に「ここでちゃんと結果を出さないとダメだ」と檄を飛ばす。
気合はかなり入っている。はず。
ここ最近新規案件が少なくて、元アシNに見せてやりたくても見せるものがない。
彼女はいまももの凄い勢いで成長を続けているわけで、僕はそれを指をくわえてみているだけである。
ちょっと悔しい。
2006年1月13日
業務日誌0112
東京出張。
浜松町→六本木→恵比寿とハイキング。
昼に恵比寿でsaburi.comのサブリン氏を始めとする方々に会い、AFURIというラーメン店でゆず塩ラーメンをいただく。
ゆず風味が上品に効かせてある塩ラーメンで、スープをすするとほんの少しニンニクの香りがしてくる。
東京来たらそばかラーメンか寿司だな。うん。
古い古いShockwaveの話などを聞かせてもらい、16時ちょい前に解散。僕は五反田へ。
初めての五反田。
指定されたビルにはいると、ハーマンミラーだのvitraだののショールームがある。
ビル全体がクオリティ高杉なデザイン系の会社で占められている。「こ…これが五反田クオリティ!」とちょっとびっくりする。
ここで古い友人との再会。
話したいこと、聞きたいことがどんどん出てくる。でもお互い時間がない。何から話していいのかわからないし、
何から聞いていいのかもわからない。でもまぁ、それなりに話はできた。
新しくなった名刺を受け取って、僕は印刷しすぎた名刺を渡す。
場所を東京全日空に移してミーティング続行。
長州小力と平山あやを見る。小力は私服でも小力である。どこからみても小力は小力である。
ミーティング後、解散して僕は浜松町までタクシー。万札出したら20円かえってきた。へ?9980円もするの?ここ羽田?
ドライバーは1000円と勘違いしたらしい。そして、釣り銭ないらしい。カードで支払う。
羽田のドンサバティーニでいつものように夕食をと思ったら、本日のパスタが「金時豆の…(苦手なので最後まで読まない)」と
「なんとか野菜の…(そういう気分でもない)」だったので、銀座アカシアでハヤシライスをいただく。注文後30秒ぐらいで出てきた。
残った時間はラウンジでトマトジュース。
小学生の恋愛を描いたようなドラマをやっていて、ラウンジでチラチラみていたら飛行機の時間に。
搭乗開始時刻が遅れているようだったけど、ゲートに向かってドラマの続きを見たら、小学生の女の子を母親が誰かにうって200万もらって、
工事中のビルの中で裸にされて写真撮られて、撮ってる男がじつは女の子とつきあってた小学生の男の子の父親で、
男の子は父親を殺してしまっていた。
ラウンジからゲートまで歩いている間に何があったんだろ。まるで違う番組を見ているような展開のすごさだった。
ドラマ途中で搭乗。あれからどうなったんだろ。
離陸後、川崎の工場地帯を見るのが好きで、窓に目をやったらもの凄い悪臭に襲われる。
窓から離れると悪臭は消える。腐ったぞうきんをさらに熟成させたような猛烈な悪臭がする窓。と、思ったら、
後ろの席のオッサンが靴を脱いで足を組んでいて、その臭い足がシートの隙間からこちら側にのぞいていた。
川崎上空で雲の中に入ったので、窓から離れて寝る。大阪までワープ。
さすがに帰宅後はぼろぼろだったけど、一日で溜まりきったメールを処理して、仕事を終わらせてから就寝。
収穫だらけの1日だったよ。
2006年1月 5日
またBlogを
2006年からの目標としてあることを設定したのだが(知っているのは嫁さんと元アシNだけ)、 せっかくなのでそのプロジェクトの進捗状況が知れるようなBlogを作ろうと思っている。
とーこーろーがー
僕が持っているドメインでそれをやってしまうと、せっかく内緒にしているプロジェクトの内容が知れてしまう。
仕方ないので既存Blogサービスを使ってやることにしてみる…どこにしようかな。有料のにしようかな。無料のにしようかな。
ちなみに、嫁さんしか知らないプロジェクトもある。(家を買おうとかそういうのではないぞ)
嫁さんも知らないプロジェクトもある。(カメラを買おうとかそういうのではないぞ)
Blogは便利。
自分を奮い立たせるきっかけになることもあるし、傷ついたり落ち込んだりしたときはストレスのはけ口にもなる。
タテマエの分だけSNSがあればいいというOpenPNEな言葉があるように、
自分が持っている側面の分だけBlogがあってもいいんじゃないかと思う。その分更新は大変だけど。
プロジェクトが完遂したとき、そのBlogを「じつはぼくでしたー」とリリースしたい。そういう、 コンテンツとしての利用価値の高さも維持していけるような運営方法を身につけてみたいとも思っている。僕はコンテンツやさんだからね。
完璧なるカルボナーラ
AMEXのプラチナ会員向け雑誌「DEPARTURES」に本場ローマのカルボナーラのレシピが載っていた。それ以外は1000万する謎の絨毯だの、数百マンする謎のジュエリーだの、時計技師が腕によりをかけてなぜか太陽系の惑星の位置がわかってしまう謎の時計だの、僕には縁のないものばかりなのだけど、パスタだけは違う。
完璧なるカルボナーラと題されたそれをいつか作ってみようと、その号だけとってあったのを作ってみた。
カルボナーラの起源は、カルボナ(炭焼師)が山にこもる際に作ったとされている。
何ヶ月も山にこもるので、保存性のいい材料を使って、それでいてハイカロリーな料理が求められていたのだろう。記事によれば、鶏卵は山の農家から手に入れたのではないかと言うことらしい。
レシピは驚くほどシンプルなので、簡単にできるのだけども奥が深い。ペペロンチーノを彷彿とさせる。
カルボナーラといえば生クリームを入れたり、料理本によっては炒めたタマネギを入れたりしているが、本場ではそういうのは入れないらしい。今回はあくまでも本場にこだわっていきたい。
