2005年12月アーカイブ
2005年12月31日
電車脱線事故とダウンバースト
強風で電車が吹き飛ばされるなんて考えられるのだろうか。
最近、脱線事故のニュースを見ていたら「マイクロバーストが起きていた可能性がある」という仮説が出てきていた。
というか、それ以外にはもう、説明のしようがないんだろう。
通常、積乱雲内部では上昇気流が発生しているのだけど、時折、強烈な下降気流が発生することがあり、
その下降気流が地面にぶつかって広がることで、運悪くその真下に当たる地域に甚大な被害をもたらす。
最大風速は90m/sに達することもある。想像を絶する世界である。
マイクロバーストというのはダウンバーストと呼ばれる現象の広がりが半径4km未満タイプのもの。
逆に半径4km以上のタイプはマクロバーストと呼ばれるけど、ひっくるめてダウンバーストと呼ぶ。
ダウンバーストが有名になったのはアメリカの航空事故で、
着陸直前の飛行機が突然墜落してしまったという事故の原因をミスタートルネードの藤田哲也氏が解明したところにある。
藤田氏はその後、ドップラーレーダーを用いて、ダウンバーストを事前に予測できることを立証したので、
今は空港にドップラーレーダーは欠かせない存在になっている。
言い換えればドップラーレーダーを用いなければダウンバーストの前兆を知ることができないわけで、
特急の運転士がそれに気づかなかったと言っても何ら不思議ではない。
事故が起きた当初は、運転士が強風の前兆を把握できなかったのを責める向きもあったけど、今はそういう人は少ない。
すでに事故調査委員会にはダウンバーストによる航空事故の専門家が入っているようなので、早急な原因解明を望む。
風速がどれぐらいあれば電車が脱線するような被害があるのか、手元に資料がないのだけども、JRには風速○m/s以上が観測されれば、
運転を見合わせることといった取り決めがあるはずで、
その○m/s以上だと脱線などの危険な事故が発生する可能性が考えられると言うことなんだろう。
台風がちょいと接近しただけで運転を見合わせることもあるのだから、たぶんその○は30とかそういう値なんだと思う。で、
事故の原因がマクロバーストであれば、少なくともJRが危険だと想定している倍の風速(風速エネルギーは3乗するらしいので、
倍だと8倍になるね)エネルギーがかかったことになる。
僕が初めてダウンバーストの実例を見たのは実はごく最近で、森林帯の中に突如現れた開拓地みたいな写真だった。
「なんすか?これ。」と写真の説明を見たら、ダウンバーストによる強風で森がそっくり吹き飛ばされたのだと。日本国内での話である。
ダウンバーストの特徴は局所的で短時間に強風が吹き荒れることにある。
脱線事故の原因をマイクロバーストとする説は、僕は妥当だと思っている。しかしそれは、
鉄道の運用面に様々な問題を提起することにつながりそう。
路線毎にドップラーレーダー設置(1基20億円ぐらいするらしい)するわけにも行かないし。
2005年12月28日
2005年総括と2006年への抱負
新年を迎える前に、いろいろと整理。mixiのマイミクからHDDの中身まで。
2005年はいろいろ激動の年だったけど、2006年はさらに激動の年になると踏んでる。
大きなプロジェクトを2つほど立ち上げ、すでにそれに向けて準備もしてる。自分自身で身につけたいことと言えば、正規表現。これだね。
テキスト処理には欠かせない存在。一応リファレンスを買ってみたものの、まだ全然目を通してなかったりする。
プロジェクトの一つは秋ぐらいに成果を試すことになるので、うまいこと複数プロジェクトを並行して進めていけそう。
仕事も継続して。すでに年明けから2件ほどやっていかなければならん。
風邪引いて寝込んでる場合じゃないんだけどな。体温は38.5度をピークに今は落ち着いているけど、 たぶん薬が切れたらまたピークなところに戻るんだろな。
2005年12月26日
業務日誌1225
風邪引いた。
でも、朝から撮影に出かけたり、夕方に撮影に出かけたりする。今年12月はあたり月だ。休日にコンディションのいい日が運良く重なる。
順調にカット数を重ね、ハッセルとD2xでそれぞれたっぷりと写真を残せた。
春ぐらいから続いていたある仕事が完了。いただけるギャラから嫁さんに「BOSEのスピーカーほしいか?」と贈ろうとしたら 「高いからいらない」と言われる。
たいした風が吹いているわけでもないのに、
防波堤で立ち上がるとふらついてそのまま数メートル下の地面(東側)or海(西側)に落ちそうになる。必死でこらえる。
GPSとリモートコードが同時に使えるかのテストをちょっとやって帰宅。
メール処理を少しこなして、椅子に座ったまましばし放心。
そうしている間に母と姉がやってきて、プチクリスマスパーティーなど。コーヒーを入れて差し上げる。
終了後、死んだように寝る。
アスピリンが効いたのか、朝は調子よかったけど、これを書いている今、今年最大級にやばい。
2005年12月21日
ホワチェン
師である高木氏によれば「ホワチェン」と略すらしい。
White Chamberね。
アクセス殺到で今なおサーバーが重たい。
で、ファイルの更新作業とかなかなかできんかったらしい。
そうかそうか。アップデートしたのね。もう一回遊んでみよーっと。とじっくりホワチェンをちちくり回してクリア。
エンディングのスタッフロールなどを眺めて「あ、この人しってるー」とか思っていたんですよ。
そしたら…
qあwせdrftgyふじこlp;@!(自己規制)
まぁ、やってみてよ。ちょっとビクゥ!となるかもしれんけど。
SNSを立ち上げる
社内向けにmixiみたいなSNSを立ち上げた。OpenPNEを使ってる。どんな画面かはmixiの僕の日記に書いてあるよ。
ごく限られたメンバー(社員全員にPCがあるわけじゃないし)だけで運営していくつもりだけど、
おそらくmixiすら未経験の人らが社内SNSなんてできるのかどうかが不安。
とりあえず招待状を4通発射。
自宅サーバーにも入れてみたいな。
2005年12月19日
Mojavi
完全にRubyにどっぷり浸かっている元アシNとの会話は最近はほとんどがRuby。なぜか僕がデバグしていたり。
ソースを見るたびに思うのだけど「なんでここまで書けるのに、ActionScriptは書けないわけ?」である。
プログラムなんて言語は違えど、同じ人が同じ時期に書けば、同じフローになるんだから、Rubyで書けりゃASでも書けるだろ。でも、
そうはいかないらしい。ASは高度すぎると言う。僕が教えた以上のことをRubyでやっているのに。
じゃ、何でそこまで「レベルの低い」Rubyに注力するんだろ。先が見えてるやん。あくまでもシュミの言語ととらえてるんか。
だったら、そんなことに時間割くこと自体無駄じゃない?
(Rubyコミュニティな人には悪いけど)
で、僕は今ある秘密プロジェクトを進めていて、そこで使う言語としてRubyを推すつもりでいた。使えない、 先が見えてる言語を何で推すのか。答えは話題性にある。Ruby on Rails(RoR)が僕の周りで騒がれ始めたのは 「すげーらしいぜ」という噂からであるが、まさに「アレはRubyで作られているらしい」 というちょっと変わった事例としてプッシュされることを期待しての採用を狙っていた。
んが。
立ちはだかる壁また壁。だんだん嫌になってきた。
環境に恵まれている研究者か趣味人かでなければ、Rubyを自由に楽しく使いこなすことはできないのか。
そんな腐りきったブルジョワジーな言語なんか。
ということで、どうせサーバーを何個か立てるんだろうからRailsぐらいいれてもいーじゃん。
と今はRails前提でアプリケーションの構造をポチポチと書いてみている。
んが。
「フレームワーク使うなら、わざわざRoR使うよりMojaviでいーじゃん」とかいう話を聞く。
RoRはRubyのフレームワーク。MojaviはPHPのフレームワークだ。
PHPはすごい言語だ。恐ろしくなじみやすく、HTMLに埋め込む独特のスタイル(eRubyもそうだよな)。
WEBデザイナが何か言語を取得するとすれば、PHP以外に何があるのよ?といった具合なのに、超絶な負荷にも耐えられるタフネスさ。
米Yahoo!が採用していたりする輝かしい実績。
やりたいことは全部できてしまう、豊富なモジュール群。
なんといってもDreamweaverがPHPでのサイト構築にネイティブで対応してる。
DB連携のページなんて片手間に10分ぐらいでできてしまうぞ。
ド素人でもSNSぐらい速攻で作れてしまいそうだわ。そんなPHPにフレームワークがあるとしたらあんた。無敵すぎないか。 それがMojavi。RoRほど今は目立ってない気がするのは、ウケが悪いんかな。
まぁ、そもそもRoRを使うべきだと思ったのは、どうしてもRubyでDBと連携させる必要があって、
ある程度動作がしっかりしてないと困るっすよ。という考えからで、フレームワークを活用するといった見方は一切していなかったりする。
なので、RubyではRoRを使ったとしても、
同一のプロジェクトをPHPでやるならわざわざフレームワークを持ってこなくてもいい気もしてる。なぜなら、
画面出力系は全部Flashだから。
つまり、フレームワークの3要素MVC(Model:データ処理系、View:表示系、Controller:MとVの接続)のうち、
Vがいらない。ならCもいらなくなる。フレームワークの「フレー」の部分ぐらいしか活用しないのに、導入する意味あるんかと。
小一時間問いつめられそうだ。「おまえ、単にフレームワークって言いたいだけちゃうんか」と。
とりあえず、要件定義すらまともに済んでいないので、それが進めば自ずとどんな環境を用意するべきかはわかってくるだろうと思う。 Rubyでできればちょっと仲間内で天狗になれる(笑
2005年12月16日
業務日誌1215
結局元アシNにはサーバーのアカウントを発行することにした。メールアドレスもそのまま置いておくよ。
プログラム的な話をするごとに、こいつはやっぱりすごいと思わされるのだけど、僕とは住む世界が違うんだろう。
アシとしての復権は考えられない。
僕よりまともなCGIが組めるようになれば(僕もひどいもんだが)、コラボれるだろうな。今はそういう期待をしてる。
昨日から継続するCD-ROMの仕事。数々の問題点をクライアントのT氏とともに「キター!」「デター!」「オッシャー!」
とクリアしていく。
親しき仲にも礼儀ありというが、彼との仕事は気が知れた友人と進めているようで、とても楽しい。
森山直太朗の「12月」をヘビーローテ中。
聞いてると言葉にできない寂しさに包まれる。
この季節はどちらかというと「別れ」の曲の方が似合う。この季節に別れるってのは、山頂を目の前にして引き返すような、
ある種の潔さと後悔のせめぎ合いのようなものを感じずにはいられないんだ。
2005年12月15日
Yamatoプロジェクト
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1215/amd.htm
超期待。
僕は実はIntelをやめて、今はAMDを使ってます。廃熱が少ない→静かという単純だけども奥が深い世界。
京都のプログラマーである植木氏に「AMDがいいよ」とおすすめされるがまま買ったのだけど、大正解。
我が家の歴代ThinkPadの座をいとも簡単に奪い去ってしまったさ。
ところが、そんなAMDはモバイル分野では全然ダメ。
そこへきてこのYamatoプロジェクト。AMD、NVIDIA、日本IBMエンジニアリング&テクノロジー・
サービスによる共同開発とある。日本IBMとYamatoといえば、そう、我々ThinkPad使いなら誰しもが知っている「大和研究所」
のYamatoだよな。
嫌でも期待するよ。
業務日誌1214
とあるCD-ROMの仕事をしていたころ、元アシNとメッセ。
Rubyな話を中心に。
なんだかアシとして存在していた頃に比べて、彼女を客観的に見ることができるようになったせいか、
プログラムの癖とかそう言うのがもの凄いよくわかった。お互い変に向上心に満ちていたり。
自分の教え方がちょっとずれていたと言うことも。
経理な都合で彼女のアカウントを削除したのだけど、それのせいかRubyなCGIは作れないという。
環境なんていくらでも用意できるだろうに。
手を差し伸べるべきなんだろうか。
彼女をアシとして使い続けるのは、僕の意志に反するという理由で関係を解消したのだが、彼女から勉強する環境を取り上げるのは、
僕が彼女をアシとして雇うきっかけになった、彼女の才能という杭を打ち続けることにならないか。
出る杭はのばしてやりたい。だとすれば、僕が今やっていることは、自分の意志に反していると言えないか。
とか自問中。
2005年12月14日
業務日誌1212
とあるストーリーをガリガリと書く。
変に矛盾点があったりすると嫌なので、たとえば「これが生まれた経緯は」とか「これが作られた背景は」
とかそういう設定的な部分もしっかり考えてみた。
当然、それは表に出ることはなく、僕が制作する上での資料としてしか存在しない。でも、なんかちょっとスッキリするわ。
そこにあるものにもちゃんとした理由があるっていう。ね。
ほら、カメラとかいじってて「何でこんなところにスイッチがあるのよ!」とか思うじゃない。でも、実際使っていると「あ、なるほど。」
と思わされるじゃない。そういうもんだよ。
そういえば、僕の師匠でもある高木敏光氏と僕の神様である廣鉄夫氏によるWhite Chamberが20日にいよいよ公開。
続編については“横浜”で明かされてた。
年末は何かと忙しくなりそうだわ。
2005年12月12日
業務日誌1211
アシNお疲れ様。今日から一人で仕事します。
任せるつもりだった仕事は全部自分で片付けることに。
その方が気楽か?
自分が本当にやるべきことはなんなんだろ。と思いを巡らせていたら、寝てしまって朝だった。
全然寝た気がしない。
2005年12月 2日
IDEで人生が変わる
IDEってのは統合開発環境の略。HDDインターフェースの Integrated Device Electronics ではなく、Integrated Development Environment の略。
たとえばさ、プログラム書くのなら適当なメモ帳にゴリゴリコードを書いていって、コンパイルすればいいだけだけど、
デバッグとかそういう複雑な作業が絡んでくると、だんだんつらくなってくる。
少なくとも、僕はつらい。
だから、今までプログラムを書くっていっても、その場で簡単に結果が確認できるものばかり手をつけてた。 デバッガがないのは本当につらい。僕みたいに失敗と忘却が信条の人にこそ、ナイスでライトでグッドなデバッガが必要なんだと思うよ。
アシNがRubyをやり始めて、彼女の持っている天性のようなもので(周りの人間のヘルプもあろうが)、なんとまぁ、
そこそこ腕を上げ始めている。
僕はDirectorのLingoとかFlashのActionScriptでご飯を食べてきている人なので「Ruby?はぁ?
そんなもんやっても金にならねーよ。アホか」と意に介さず、いわゆる食べず嫌いをしていたわけだ。
実際、WEBアプリケーションを組むんだったらPerlだのPHPだのが主流な訳で、
RubyでWEBアプリなんて少なくとも僕の周りでそういう案件は転がっていない。
実務と言うよりは趣味に近い、そんな言語に無駄な時間とリソースを費やすなら、今の自分のスキルを磨いた方が絶対にいいね!って思ってた。
Rubyコミュニティの人には悪いが。RubyやるならJavaやるわ。うん。そんな感じ。
ただ、僕はこういった「まとも」なプログラムを組むことをやってきていないので
(ActionScriptはまともな部類にはいるのだけど、タイムラインという裏技が使える点ではやっぱりまともじゃないかなと)、
PerlあるいはJavaなど、1つはまともに使えるようにはなりたかった。
一緒に仕事してきている東京の超絶数理系ActionScript職人のIさんはPerlとFlashでどえらいムービーを作っていらっしゃる。
僕はIさんのすすめでPerlをかじり始めていたところだったんだ。なんだかんだいって一番普及してる言語だと思うわ。
そこにきてアシNがRubyを始めた。
僕からすれば、女を寝取られたような気分でますますRubyが嫌いになった。