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2005年3月13日
堺の河川敷に隠された村を見た。
撮影地探しをしていて、以前から気になっていた「あの向こう」に行ってみることにした。
あの向こうとは、僕がカイトをやりに行っているフィールドのすぐ近くを流れる川沿いにあるあぜ道みたいなところで、ホームレスの人たちが住み着いているところみたい。
その“村”を抜けたところには河口を一望できるスポットが存在する…はずである。地図で確認した。たいていこういうところは私有地になっていて、侵入することはできないのだけど、今回はどういうわけか国有地。しかも、車両進入禁止ってだけで人はOKみたい。
ものすごい向かい風の中、カメラ機材を背負って“村”に入った。
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壁は大阪ガスの施設。赤外線によるセキュリティシステムが導入されている。所々に排水施設用の扉があり、施設チェックの際はそこから河川敷に出られるようになってる。
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これが排水用パイプ。高さは3mぐらい下かな。
爆風が吹いてる中、岸壁に立ってこの写真撮るのはちょっとだけ勇気がいったよ。
よい子はマネするなよ。
村には壁際や河川敷に家が建てられてあり、だいたい6畳ほどの広さがあるようだった。
写真には自転車のタイヤの跡や靴のあとがあることからも、人が住んでいる気配は十分ある。しかし、ほとんどの家は留守中のようで、建物にはしっかり戸締まりがされてあった。
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こんな感じで作物を育てている人もいた。
大根が人気。ミカンなどの果実も育てられてた。
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主無き家は風化していく。
または、他の人に資材を抜き取られているようである。屋根の材料になるブルーシートを押さえるのには、廃バッテリーを使うようだ。中の液は抜いているのだろうか?だとしたらどこに?
廃バッテリーが川に落ちていたりして、環境への影響が懸念される。
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廃バッテリーオンパレード。12Vのと24Vのがあった。24Vは重量があって利用価値が高い反面、なかなか手に入らないようだ。
村の長さは約1.3kmで、十数戸の建物があった。強風のためか外に出ている人は2名だけ。あと、建物の中から酒盛りをしているような声が聞こえた。
あとは戸締まりをしてる家と、朽ち果てた家だけだった。
僕は村を抜けて、最後の排水施設のはしごから岸壁にあがり、そこから河口を望む先端に立った。
強風の影響で波しぶきがすごく、画角のチェックだけ済ませた。
50mmで灯台が入り、35mmでは建物がたくさん入ってしまう。デジタルの50mm(35mmでは75mm)しか使えないのはつらい。大判もハッセルも中望遠のレンズを所有していないからだ。
淡水と海水が混ざるポイントだったためか、水はそんなのしょっぱくなかった。でも、すぐに海水が乾燥したとき独特の粉っぽさに包まれてしまった。
実はこれまで紹介した写真は、すべて帰りに撮影したものである。
なかなか謎の多い、非日常的空間であったけど、たぶん来ることはもう無いと思う。
そういえば落書きがあった。ヤンキーの。警察におわれたら袋小路になるので、今はヤンキーは来ないようである。だからホームレスの人が住める。
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